腐りまくりな公爵令嬢ボニータ・レムゼンは、婚約者の王子と騎士の恋を応援したい
「今日もワタクシの推しカプが尊過ぎてしんどいですわ……」
――薔薇の花咲き誇る王宮にて。
王子妃教育を受けた帰り道、公爵令嬢ボニータ・レムゼンは恍惚とした表情で二人の青年を見つめながら呟いた。
彼女の視線の先、そこで何やら話し込んでいるのはボニータの婚約者でありこの国の第二王子、エイドリアン。そしてもう一人は彼の専属騎士のジミーである。
普通の令嬢であれば、この光景を別に何とも思わないのだろうが、ボニータは違った。
彼女、かなり腐っているのだ。数年前から一部の令嬢や貴腐人の間でこっそり流行している恋愛小説……BLものを読んでしまったばかりにそういう趣味に目覚めて以来、彼女は熱烈にとある二人組を推している。それがエイドリアンとジミーなのだ。
「ジミー、殿下を押し倒しなさい! 殿下×ジミーなんて品のないことをおっしゃる方々もいらっしゃいますけれど、ワタクシはきちんとわかっておりますのよ。ジミー×殿下だと!!」
ジミーは騎士の割にはほっそりとした美男子。
対するエイドリアンはガッチリしたかなり体格のいいイケメンだ。
多くの令嬢や貴腐人がぱっと見のイメージだけでエイドリアンが攻めだと決めつけカップリングしてしまうのだが、エイドリアンの性格をよく知っている婚約者のボニータだからこそ断言できる。繊細で優しいエイドリアンは絶対受け。そして見た目に反し好戦的で男らしいジミーが攻めであると。そのギャップに燃えるのもまたよし。このカップルは最高だ。
「死ぬまで推す。絶対推しますわぁぁぁっ!!!」
「……ボニータ、心の叫びが僕たちにまで聞こえてきたんだけど」
「んひゃぁ!?」
あまりに夢中でついつい大声を出してしまったらしく、エイドリアンがこちらを振り返って苦笑を浮かべながら声をかけてきた。
その笑顔が眩しくて、思わず変な声が漏れてしまう。しかしボニータは慌てて自分を律し、淑女の礼をした。
「申し訳ございません、殿下。殿下があまりにお美しく、見惚れておりましたのよ」
「正確には僕とジミーが、だろう? 何度も言っているじゃないか。僕らはそういう関係じゃないんだ」
「ええ、ええ、わかりますわ」
婚約者の前で、胸に秘めた想いを吐露できないという苦しみが。
王子という立場を優先し、恋心を仕舞い込む悲しさが。
「これ絶対勘違いしている目だよね、ジミー」
「……ボニータ様がこうなったらもうダメでしょう」
「尊い! 尊い尊い尊いっ。鼻血ブシャーってなりますわ! なってしまいますわ! 最推しですわ――!」
顔を近づけ、頷き合うエイドリアン王子とジミーの姿にとうとう耐えられなくなったボニータはその場で失神してしまう。
もはや日常茶飯事といえるこの光景に対して動揺しないエイドリアンたちは、ため息を吐いて彼女をそっと抱え上げ、医務室へと運んでいくのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お二人にとってはワタクシの存在が邪魔なのですわッ! こうなったらワタクシとの婚約を解消させていただいて、存分にお二人の恋が育めるよう、王妃殿下に申さなければ!」
また別のある日、ボニータは意気込んでいた。
ボニータとエイドリアン王子は共に十七歳。後一年で結婚しなければならない。それはつまり、彼とジミーの恋が終わってしまうということ。
さすがに妃を持ってからそういう関係にはなれないだろう。エイドリアンが諦めてしまう前に、ボニータはなんとしても二人の恋を応援しなければならない。
そこで思いついたのが、隠れ貴腐人な王妃にお願いをしにいくこと。実はBL文化を作ったのは隣国から嫁いできた王妃だという情報を掴んだためである。ちなみに王妃が書いたであろうBL恋愛小説はボニータを沼にハメた傑作に他ならなかった。
憧れの大先生と会うことができるのだという喜び、そして推しカプを応援したい気持ちでハイになったボニータは事前通告なしで王宮に乗り込んでいった。
「あらあら。ボニータさんが直接いらっしゃるなんて珍しいこともあるのですね。何か火急の要件で?」
「火急ですわ、王妃殿下。……その前にまず確認しておきたいのですけれど、妃殿下は薔薇に興味がおありでいらっしゃいますわね?」
「……薔薇、というとどちらの薔薇ですか」
「もちろん男性同士に咲き誇る禁忌の花の方ですわ」
「ボニータさんもでしたか。どこでその情報を?」
「隣国に精通している友人から薄い本をお貸しいただき、もしかしてと思いましたの。そして調べたら王妃殿下のお名前が」
「わかりました、あなたの相談に乗りましょう」
BLのことを話題にした途端、それまで穏やかだった王妃は目の色を変えて身を乗り出し、ボニータの話を聞いてくれる気になったらしい。
相当腐っていらっしゃる……と思いながら、腐り度合いがどっこいどっこいなボニータはしばらく腐リートークを楽しんだ後、本題を話し始めた。
「ワタクシ、殿下の恋路を応援したいのです!! ジミー×殿下は神! 神なのですわッ! それを見るためならワタクシ、婚約を捨ててどこか適当な金持ち貴族の後妻に嫁ぐことになっても構いません! 王妃殿下、お願いいたします、あのこの世で何よりも尊きカップルを引き裂かないよう計らってはくださいませんでしょうか!?」
「ボニータさん、一つ聞いてもよろしいかしら?」
「はい、なんでもどうぞ!!」
「それは薔薇ではありません、普通です。あなたの見る目はいいと思うのです、見る目は。しかし薔薇を嗜むのならば、相手の性くらい見抜けないといけませんよ」
「……はい?」
王妃は言いづらそうに、少し周囲を見回してからボニータにそっと耳打ちした。
「騎士のジミーは、実は……」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「死にました。ワタクシの心は今日、死にましたわ……」
肩を落とし、トボトボと王宮を後にしようとしていたボニータは、遠くに見えるエイドリアンとジミーの背中を見つけ、泣きそうになった。
推しが死んだ。推しカプが死んだ。いや、死んではいなのだが、彼女の心の中では死んだのだ。なぜなら、
「ジミーが女性だなんて聞いていませんわ!!!」
騎士の家系である伯爵家の令息にしてエイドリアンの専属騎士のジミーは、男装の女騎士だったのである。
本来女は騎士になれない。だが実力はあるし伯爵家の跡取りとして騎士にならないのは困る。そういうことで性別を伏せられ、エイドリアンの傍に置かれていたのだった。
そんなの知らなかった。いくら男装していたとしても、男前だとしても、性が女では話にならない。薔薇の世界に女は禁物。男装の令嬢なんて一番の禁句と言っても過言ではない。
それを今まで推していたという自分の愚かさに項垂れ、膝をつきたくなる。今なら死ねる。あまりの失意に沈んだ彼女はそう思っていた。
そこへやって来たのは、他ならない二人組だった。
「やあ。どうしたんだ、ボニータ?」
「ボニータ様、顔色が悪いですよ」
「殿下……それに、ジミー嬢。ワタクシ、今失望中ですの。構わないでくださいませ」
ボニータの言葉にエイドリアンは顔を顰め、ジミーは慌てた様子でボニータに詰め寄る。
「……どこでそれを知ったんですか!」
「王妃殿下にお聞きしましたの。あなたが男だと思って、ワタクシずっと殿下とあなたを推して来ましたのに……。女だなんて最悪ですわ。おハーブも生えませんわ。この世の終わりですわ……」
「エイドリアン殿下、これは一応私の身バレは大丈夫……なんでしょうか」
「大丈夫だと思う。が、ボニータがやばいな。
ボニータ、今まで隠していて悪かった。母上の言った通りジミーは女だ。だが心配しないでほしい。僕とジミーはそういう関係じゃないんだ」
「私、想い人がいるのです。それに主とふしだらな関係を持つなど、あり得ないことです」
二人がかりで説得にかかるエイドリアンとジミー。
彼らの言っていることはもちろん理解できる。が、頭では理解しているが心では理解したくないのだ。
「主従間の禁忌の愛なんて最高に燃えますわ! でもダメ。ダメなのです。そこに不純物が入り込むことは……。うぅっ」
とうとう涙がこぼれ出してしまう。
地面に崩れ落ち、ドレスに顔を埋めて泣きじゃくるボニータ。しかし彼女はすぐに温もりによって全身を包まれ、ふと顔を上げた。
そこにあったのは何よりも尊い……否、尊かった元最推しことエイドリアン王子の顔だった。
「殿下……?」
「ジミーが男であれ女であれ、想うのは君ただ一人だ。それを今までも伝えてきたはずだったが、足りなかったようだ」
「殿下、ち、近いですわ」
「もう離さないよ、ボニータ。僕は君の言う薔薇は好みではないが、薔薇のように可憐な君のことが好みでね。存分に愛して、いいかな?」
そのあまりに直接的な愛の囁きに、ボニータの顔が赤らむ。
この時になって初めて自分が密かにエイドリアンに想いを寄せていたのだとわかった。今まではエイドリアンとジミーの尊さを前に自分が割り込むなど無粋と我慢してきたが、これからはもうその必要もない。存分に愛していいのだと。
「どうやらワタクシもあなた様をお慕いしていたようですわ、殿下」
かくして腐りまくりな公爵令嬢ボニータ・レムゼンは、推しカップルを失った代わりに愛を得たのであった。
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