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ショートショート10月〜3回目

87000円が教えてくれたこと

作者: たかさば

 ……少し仲のいい知人と、お出かけをする事になった。


 友人というには少々他人行儀で…、恋人というにはずいぶん熱が足りない、微妙な関係性の…知人。

 いつもはリモートで話しているから、ちょっぴり恥ずかしさのようなものが漂う。


「……よっ!」

「うっす!」


 駅コンコースまで迎えにきた私に気付いて、歩きスマホをしていた細身の長身の青年がにっこり笑って左手をあげた。

 道案内アプリを使ってここまでやってきたらしい。


「電車の乗り場はこっちなんだ、おみやげ屋さんを抜けると近いの」

「へえ」


 複数の路線が集まる主要駅には、乗り口が多数存在している。

 在来線に地方線、新幹線にバス路線。


 駅が大きくなりすぎてしまったので、あちらこちらに人々の目的とする箇所が点在している。

 場所と場所をつなぐ中途半端に空いた空間には軽食店や雑貨店などのテナントが入り、少しでも経済を活性化させようとする姿勢が垣間見られる。


「すみませんね、通り抜けはお断りしてるんですよ」


 地元の商品を多数並べるショップの中にある下り階段をぬけようとしたら、店員と思われる中年男性から声をかけられた。


「ああ…じゃあ、何か買っていきますね」


 買い物をすれば通り抜けてもいいのだろう、安易な気持ちで言葉を返す。


 階段脇には、ご当地キャラのグッズが並んでいる。

 キーホルダーにクリアファイル、鉛筆にノート…自分には必要のないものばかりだ。


 レジのところに、ご当地キャラクターがプリントされたSUIKAがあったので、それを買うことにした。

 コレならば、500円分の乗車券を買う時に使うし、無駄にはならないだろう。


「じゃあ…コレをください」

「はい、ありがとうございます!」


 500円玉を出し、マネートレイの上にのせる。

 店員の若い女性はそれを受け取って、カードを手渡してくれた。


 カードを愛用の財布にしまいこみ、下り階段に向かおうとしたら。


「はい、こちらレシートと、お釣りになります!」


 差し出されたマネートレイの上には、短いレシートと…87000円。


「うん?私は500円で買い物をしたから、お釣りは必要ないよ?」

「・・・あらやだ!!私ってば…ごめんなさい、ありがとうございました!!」


 うっかりものの店員さんだなあ、そんなことを思いながら電車乗り場に急いだ。


 階段を下り、切符を買おうとしたところで青年が駅周辺を散策したいと申し出た。

 この駅周りには海があり、ちょっとした観光スポットになっている。


「じゃあ・・・ちょっと回ろうか」


 レトロで迫力のある、木製階段のある結婚式場。

 石畳と赤い鳥居のある、モダンな商店街。

 緑あふれる森の向こうに、穏やかなあおい海。


 真夏の日差しに負けることなく、元気に動き回る観光客。

 真夏の容赦ない暑さに辟易しながら、スマホ片手に歩く青年。

 何も言わずに、お気に入りの場所へ向かおうと歩く自分。


 高台にある、見晴らしの良い場所で望遠鏡を覗き込もうとした時に、地面が揺れた。


「う、うわぁ…!!じ、地震だ!!」

「まずい!!高いところへ!!!」


 賑わう観光地のあちこちで叫び声がする。


 私のいる場所は、この辺りで一番高い場所だ。

 しかし、ここに来るためには、長い一本道を登ってこなければならない。


 逃げ惑う人、押し寄せる波。

 立ち止まる人、倒れる木々。

 ゆっくりとした、波の動き。

 瞬く間に変わる、光景。


「動画、撮っといた方が良いよね」


 スマホを操作する青年を見て、何かを、言おうとして。


 ……。



 ………なんだ、夢か。


 やけにリアルな夢だったからか、心拍数が上がっている。

 ずいぶん涼しくなったのに、うっすらと汗をかいている。


 ……怖い夢だった。


 リアリティのある、温度を感じるものだった。

 ごく普通の日常を思わせる、身近なものだった。


 ……もしかしたら、これは。


 予知のようなものである可能性はないだろうか。

 身の危険を知らせる警告なのではないか。


 ……記憶を、辿ってみる。


 あの駅は…どこの駅だ。

 あの青年は…どこの誰だ。

 あの場所は…どこにある場所なんだ。


 ……当たり前にある、日常だった。


 行きなれている場所を、何の気なしに歩いていた。

 よく知っている場所を、何の気なしに案内していた。

 お気に入りの場所を、何の気なしに選んでいた。


 ……どこにでもいる、平凡な青年。

 ……誰でも使っている、ごく普通のスマホ。

 ……どこにでもいる、イヤミっぽい店員。

 ……どこにでもある、交通マネーカード。

 ……どこかで見たような、ご当地キャラクター。

 ……誰でも見たことのある、マネートレイ。

 ……どこでも変わらない、レシート。


 ……誰もがよく知る、お金。


 ……お金?


 そうだ、あの87000円。

 ぱっと見て確かに、87000円だとわかったけれども。


 あのお札は、あまりお目にかかれない存在だった。

 あのお札は、ピン札だった。

 あのお札は、白かった。

 あのお札は、茶色かった。

 あのお札は、黒かった。

 あのお札は、数字しか書かれていなかった。


 ……あのお札は、よく知っているものだけれど、まったく知らないものだった。


 夢の中の私は知っていたけれど、夢から覚めた私にはまったく心当たりがないもの。


 ……なんだ、じゃあ、この出来事は。


 自分が今いる世界の出来事では、ない。

 自分が今いる世界には、ないもの。

 自分が今いる世界とは、違うもの。


 ……気が付いてさえしまえば。


 あんな知り合いはいないじゃない。

 あんな都会は知らないじゃない。

 あんな日常はどこにもないじゃない。

 あんなご当地キャラは見たことがないじゃない。

 あんな交通マネーは存在しないじゃない。

 あんな海は知らないじゃない。

 あんな景色は知らないじゃない。

 あんな私はどこにもいないじゃない。


 自分の見ていた世界は、現実からかけ離れ過ぎている。


 これは、ただの、自分のいない世界の、出来事。


 ……私は安心して。


 薄暗い部屋の中でもうひと眠りしようと、毛布を、被った。


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