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 テレンスは、夫に先立たれて居場所をなくした従姉や、婚約者に二度も裏切られたアデラを助けてくれた。

 それは夫に裏切られ、実家でも居場所のなかった自分の母と重なる部分があったからかもしれない。

 それだけの経験をして、さらに父に対する復讐も終えたのだから、すべてを捨てて他の国に移住したいと思うのも無理はない。

 むしろオラディ伯爵家から解放されて、自由になってほしいと思う。

(それなのに……)

 今度は王家も絡んだ婚約騒動に巻き込まれてしまうなんて。

「あの手紙を貰ったとき、私は初めてアデラに興味を持った」

 そう思っていたアデラに、テレンスはそんなことを告げる。

「私に?」

 突然そう言われて、アデラは戸惑った。

 たしかに婚約者の兄として顔を合わせることもあったが、テレンスの言動は、あまり親しみを感じるものではなかった。

 兄さんは冷たい人だから、気にしなくて良いとレナードにも言われていた。

 そのうち彼はティガ帝国に留学してしまい、あの手紙を出すまで接点はなかったくらいだ。

 その手紙の何が、彼の興味を引いたのだろう。

「噂を流してレナードを追い詰め、オラディ伯爵夫人に収まっていたあの女性の悪事の証拠を集めた。それを被害者に渡したり、私に手紙を出したりと、自分は表立って動かないことで、婚約解消のダメージを最小限に抑えた。素晴らしい動きだった」

「あ、ありがとうございます?」

 褒められていないような気がしたが、一応礼を言っておく。

 たしかにテレンスの言うように、アデラはただ、友人に噂を、被害者に証拠を、そして彼に手紙を出しただけだ。

 だが、アデラが直接レナードを糾弾しても、ここまで上手くはいかなかっただろう。

「アデラが冷静に状況を見極めて、復讐に溺れていなかったからこそ、できたことだ。裏切られたら、嘆き悲しむか、憎しみを積もらせて、恨み続けるか。それしかないと思っていた。だから手紙を読んで、こんな女性もいるのかと、かなり衝撃的だった」

「やっぱり褒められている気がしないわ……」

 そう答えると、テレンスは笑った。

「間違いなく、褒めているつもりだ」

 彼の楽しそうな笑顔など、初めて見たかもしれない。

「だからこそ、クルトとリーリアの言動を見過ごすことはできなかった。アデラなら、最後には必ず勝つとは思っていた。でも人を陥れる側の思考には疎いから、先制攻撃は向こう側だろうと。実際に、その通りになった」

 テレンスの言うように、リーリアから陥れられて初めて、アデラは彼女が自分を敵視していることを知った。

 今日だって、仕掛けてくるとは思わなかった。

 たとえどんな相手だろうと、アデラが自分から先に攻撃することはない。

 だから後手に回ってしまうのも、最初は向こうの思い通りになってしまうのも、仕方のないことだ。

「だが、私はそれが許せなかった。アデラをあのような者たちに、これ以上貶められたくない。もちろん、廃嫡になった王太子の後始末に使われるような存在でもない」

「……ありがとう」

 アデラは組み合わせた両手を、ぎゅっと握りしめた。

 テレンスは、アデラのことをそんなふうに思ってくれていたのだ。

 ただ、自分を守るために動いただけだった。

 父はアデラのことを娘として可愛がってくれているが、世間体や、リィーダ侯爵家など、アデラよりも優先することはたくさんある。

 だから自分で調べ、表立って動くと父に知られてしまうから、それぞれ有効活用してくれそうな人にうわさ話や証拠として渡した。

 人によっては、自分の手は汚さずに、他人を使って復讐したと思うかもしれない。

 けれどテレンスは、そんなアデラを評価してくれた。

 クルトやリーリア。そしてスリーダ王国の元王太子に貶められるような存在ではないと言ってくれた。

「テレンスは、今日、リーリアが何か仕掛けるかもしれないと、わかっていたの?」

 だからリーリアを誘き寄せるために少しだけアデラの傍を離れ、すぐに王太子を連れて戻ってきてくれたのではないか。

「さあ、どうだろうね」

 テレンスは明確な返事をしてくれなかったけれど、アデラはそうに違いないか確信していた。

 近頃は、裏切られてばかりだった。

 自分の存在が、どれだけ小さいものなのか、思い知ったできごとでもあった。

 それなのにテレンスは、アデラがリーリアに陥れられるのが嫌だと言って、先手を打って守ってくれた。

 そのことが嬉しかった。

「スリーダ王国の王太子の相手が決まるまで、婚約者役を務めるつもりだった。だが、アデラは私に本音を口にしてくれた」

「……そうね。つい、ずるいと言ってしまったわ」

 アデラは困ったように笑う。

 ティガ帝国に移住するつもりだと言う彼に、そう言ってしまったのだ。

 自分はこの国から、リィーダ侯爵家から逃げられないのに、復讐を果たして自由になろうとしているテレンスが羨ましかった。

「それを聞いて、この国に残ろうと思った。君と私は似ている。そんな君がまだ戦っているのだから、傍で支えたいと。だからこの婚約も、受け入れて貰えたら嬉しい」

 テレンスは言葉を切って、アデラを見つめた。

 いつも冷酷そうに見えていた瞳に、少しだけ熱が宿っているような気がして、どきりとする。

「でもアデラは、私のことを苦手だったから、嫌なら断ってくれてかまわないよ」

「そんなこと……」

 アデラは、慌てて首を横に振る。

「たしかに最初は、少し苦手だったかもしれない。今思えば、私はレナードの婚約者だったから、つれなくされても無理はないわ。でも、私もレナードに裏切られて、クルトにも信じてもらえなくて。似たような境遇のあなたに、勝手に親近感を抱いていた」

 テレンスがアデラと自分が似ていると言っていたように、アデラもずっとそう思っていた。

 弱音を言えたのも、愚痴のような言葉を口にできたのも、テレンスにだけだ。

「テレンスこそ、私でいいの? あのとき、決めるのは私だからって丸投げしていたのに」

「私はまだ、オラディ伯爵家の人間だからね。アデラに断られるかもしれないと思うと怖くて、あの場で即答はできなかった」

 これだけ有能で、策士であろうテレンスの、少し臆病な面を知ってしまい、自然と笑みが浮かんだ。

 でも、アデラも同じだ。

 裏切られた分だけ、相手を信頼するのが怖くなっている。

 また裏切られるかもしれないと思うと、最初から期待しない方が良いと思ってしまう。

(でも、テレンスなら……)

 彼は自分の両親や最初の婚約者のこともあり、不貞をする人間をひどく嫌悪している。だからこそ、アデラを裏切ることは絶対にないだろうと信じられる。

「私は、もう誰かを信じるのが怖かった。でも、テレンスなら信じられる。今日、あなたにエスコートしてもらったとき、本当の婚約者だったらよかったのに、って思ったくらいだから」

 そう答えると、アデラの返答が予想外だったのか。彼は驚いたような顔をしたあとに、見惚れるくらい綺麗な顔で笑った。

「ありがとう、アデラ。私も、君を信じているよ」


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