09 触れたい
すーすーと、心地いい眠りの中にいるティーゼリラは、自分に近づく人影には気が付くことはなかった。
ティーゼリラに近づく人影は、ディーディラインその人だった。
彼は、完全に油断しているティーゼリラにゆっくりと近づく。
帰国後、下着姿を見てしまった時以来、ティーゼリラに避けられ続けていた。そのためディーディラインは、ティーゼリラの姿をまっすぐ見つめるのは、実はこの時が帰国後初めてだったのだ。
留学前、最後に見たティーゼリラは、可愛い顔を涙でぐちゃぐちゃにして、ディーディラインに抱き着いてはこう言ったのだ。
「でぃー、行っちゃやだよぉ。でぃー……。行かないでよ」
涙でぐちゃぐちゃになっていても、ティーゼリラの愛らしさは少しも陰ることはなかった。
金色の瞳が涙で溶けてしまいそうになっていて、庇護欲が湧くのと同時に、もっと自分のために泣いて欲しいというどうしようもない独占欲も湧いた。
それでも、当時のディーディラインには自信がなかった。
ティーゼリラを好きだという気持ちは誰もに負けない自信があった。
それでも、格好よくも美しくもない、地味でデブな自分が、美しいティーゼリラの隣にいる資格がないということは理解していた。
だから、少しでも変わりたいと、留学することを決意したのだ。
留学先で、勉強だけではなく剣術もそれなりに頑張って身に着けた。
留学して一年ほどでみるみる痩せていき、身長もぐんと伸びて行った。
その過程で、脂肪が筋肉となり誰に見られても恥ずかしくない肉体も手に入れることができた。
体が出来上がってからは、身だしなみにも気を遣うようになった。
流行の服や小物を身に纏い、女性な好きそうな物についても勉強した。
少しずつ自信を持てるようになっていったのだ。
見た目が良くなれば、自然と女性が寄ってきたが、地味デブな時に見向きもしなかったのに、見た目が良くなればこうも女性は態度を変えるのかと思うと、素の自分に好意を寄せてくれたティーゼリラが自分を本当の意味で見ていてくれたのだと改めて感じた。
そうこうしているうちに、学べるものを学びつくし、ティーゼリラの隣にいる覚悟も決めたディーディラインは、帰国することを決意した。
ただ、留学中何度も手紙を書いたが、それを出すことができず、一切連絡を取らなかった自分をティーゼリラが今も好きでいてくれるのかという不安もあった。
ティーゼリラからの手紙も一度も来ていないことから、嫌われている可能性もあったが、それなら今度は、自分からティーゼリラに思いを告げて、好きになってもらえばいいと。
帰国前はそんなことを考えていたディーディラインだったが、五年ぶりに再会したティーゼリラを見てしまえば、そんな自信はどこかに行ってしまいそうだった。
あの時から変わらずに美しいティーゼリラ。
月よりも美しい銀の髪はさらさらと揺れて、大きな金色の瞳はディーディラインを釘付けにした。
形のいい唇は、思わずキスしたくなるような魅力があり、白い肌は、滑らかでつい触れたくなってしまう。
小鳥のような可愛い声をもっと聴きたい。微笑んだ顔をもっと見ていたい。
その小さな体を腕の中に閉じ込めて、二人だけの世界に連れ去ってしまいたい。
ぐっすりと眠ってしまっているティーゼリラを見ていると、そんな邪な思いが湧いて出た。
駄目だと思いつつも、傍により、頬にかかる細い銀の髪を横に梳く。
滑らかに頬にそっと触れる。
その瞬間、ティーゼリラは小さく口を動かし言葉を紡ぐ。
「でぃー、……なさい。これから……いっしょ……」
小さな寝言は、ディーディラインの胸を締め付けた。
ディー、お帰りなさい。これからは、ずっと一緒よ。
その言葉にディーディラインの中の何かが爆発してしまいそうになっていた。
そかし、そんなことをすればティーゼリラに嫌われるのは目に見えている。
だから、ゆっくりと慎重に動かなければとディーディラインは思っていた。
そう、思っていたが、五年間も離れていた弊害なのか、意思に反して体が勝手に動いてしまっていた。
気持ちよさそうに寝息を立てるティーゼリラに上から覆いかぶさり……。