08 逃げた先で
ディーディラインを避けるように再び部屋に引き籠るようになったティーゼリラだったが、ディーディラインの行動力は凄まじいものだった。
帰国後、宰相補佐として日々働くディーディラインは、凄まじいスピードで自身に与えられた仕事を片づけるだけではなく、それ以上の仕事をこなしていた。
そのうえで、ティーゼリラの私室を訪れていた。
扉を開けてはくれないティーゼリラに対して、怒るでもなくただ優しい声で話しかけるだけだった。
「ティーゼリラ様、今日は庭園の百合がとても美しく咲いておりました。庭師の方にお願いして少いただいてきたんです。後で侍女に頼んで飾ってもらいますから、見てくださいね」
「ティーゼリラ様、先日城下に視察に行った際に、ティーゼリラ様にとても似合う飾り物を見つけたんです。侍女に渡しておくので身に着けていただけると嬉しいです」
「ティーゼリラ様、今日はとても天気がいいですよ。私と庭園を歩きませんか?」
日々、固く閉ざされた扉の前で懸命にティーゼリラに話しかけるディーディライン。
中にいるティーゼリラは、扉を開けてしまいたいという思いと、別人のような彼を恐れる気持ちと、変わってしまった自分を見られたくないという思いで葛藤していた。
それでも、少しでもディーディラインを感じたいと扉に張り付くようにして彼の話を聞く日々を送る。
そんな日々を重ねれば、ティーゼリラのディーディラインに「会いたい」「触れたい」と言う思いは膨らんでいく一方だった。
だからこそ、部屋を抜け出し、ディーディラインの声さえ聞かないように逃げるようになっていったのだ。
それなりに剣を扱えるディーディラインではあったが、騎士と比べるとそれは本当にお粗末なものだった。しかし、ディーディラインには誰にも負けない特殊な特技があった。
それは、ティーゼリラが関わると、力量以上の力を発揮できるという特殊な特技があった。
普段のディーディラインであれば、騎士職の者と剣と交えることがあれば数合打ち合ったところで降参しているが、ティーゼリラが見ている前では、決して降参せず、応援してくれようものなら、本職の騎士にだって打ち勝つような男だった。
ましてや、愛しいティーゼリラの気配を感じる技能については、誰にも負けない自信があった。
だからなのだろう、いつものようにティーゼリラの私室の前で声をかけたとき、部屋の中にいないということにすぐに気が付くことができたのだ。
そして、ティーゼリラを見つける嗅覚も鋭かったディーディラインは、どこに隠れようともティーゼリラを的確に探し当てたのだ。
そんな、ディーディラインの特殊な特技など知らないティーゼリラは、部屋に籠っている時よりもディーディラインがさらに近くにいるという状況に陥ってしまっていたが、ただ「どうして?」と首を傾げるだけだった。
そんな追いかけっこのさ中、ティーゼリラは、その日もディーディラインに追い詰められていた。
逃げ回ることに疲れたティーゼリラは、図書館の奥まった場所にあるソファーにごろりと寝そべっていた。
引き籠るようになってから、体を動かすことが少なくなり、体力不足のティーゼリラは、すぐに息が上がるようになっていた。
奥まった場所に設置されているソファーは、明り取りのための小窓から丁度日差しが差し込み、ぽかぽかとして寝るにはちょうどいい具合になっていた。
疲労から、うとうとしだしていたティーゼリラは、そのまま眠ってしまっていた。