14 こんなはずじゃなかったのに
焦らし作戦中のティーゼリラは、そろそろ自分の方が限界にきていると自覚せざるを得なかった。
王宮内ですれ違った時、ディーディラインは挨拶はしてくれるがそれ以上の言葉を向こうから返してはくれなかったのだ。
今更作戦を放り投げてしまうこともできなくなっていたティーゼリラは、遠ざかっていくディーディラインの背中を残念そうに見送るという日々が続いていた。
そんなある日のことだった。
その日は、公務もなく一日時間が空いてしまっていた。
気晴らしに庭園を散歩していると、侍女と楽しそうに話をしているディーディラインの姿が見えたのだ。
それを見た瞬間、ティーゼリラは、頭が真っ白になっていた。
作戦も何もかもどこかに飛んで行ってしまったティーゼリラは、全力で駆け出していた。
そして、ディーディラインの背中に思いっきり抱き着いてこう言っていたのだ。
「だめーー! ディーは、わたしのディーなの!! だから、誰にも渡さない!!」
そう言って、ぎゅっとディーディラインの服を握って抱き着いていたのだ。
それまでディーディラインと楽しそうに談笑していた侍女は、驚いた顔をした後、何故かげんなりした顔でディーディラインにだけ聞こえる声で「ディーディライン様、貸し一つですからね」と、言った後に、心底申し訳なさそうな声でティーゼリラに言ったのだ。
「ティーゼリラ様……。どうかご無事で……」
ディーディラインを巡って侍女と戦うことも覚悟していたティーゼリラは、呆気に取られながら侍女を見送っていた。
そして、この状況をどうしていいのか分からずに、ひたすらディーディラインの服を握っていた。
すると、ディーディラインがそんなティーゼリラの手を優しく握り返してきたのだ。
この次にどのように行動していいのか分からないティーゼリラだったが、気が付けばディーディラインと向き合うようにして抱きしめあっていた。
爽やかな新緑のようなディーディラインの匂いに包まれたティーゼリラは、完全に油断していた。
いつの間にか、すぐそばにあったベンチにディーディラインに横抱きにされた状態で座っていたのだ。
そして、くすぐったくなるような言葉の雨にティーゼリラは、うっとりと夢見心地になっていた。
「ティーゼリラ様、好きです。今まで素っ気なくされて、私は寂しかったんですよ? ああ、ティーゼリラ様、私の愛しい方」
そう言って、ティーゼリラの小さく華奢な手を握ったディーディラインは、その手に唇を落とす。
「私がこうして触れることを許していただけて嬉しいです。もっと触れたいのですか……いい、ですか?」
指先へのキスで舞い上がってしまっていたティーゼリラだったが、甘い熱の籠った瞳で触れたいと言われ、何も考えずに頷いていた。
その小さな頷きに、色気のある笑みを浮かべたディーディラインは、いつかの姿が嘘のような力強さでティーゼリラをその腕の中に閉じ込めたのだ。
ぎゅっと抱きしめられたティーゼリラは、途中で思っていたのと違う展開に動揺しだしていた。
ティーゼリラの想像の中では、我慢の限界にきたディーディラインが、懇願するように優しく触れるだけのキスをして……、というものだった。
それなのに、今は何故か身の危険を感じている自分がいたのだ。
少しだけ怖気づいてしまっていたティーゼリラは、ディーディラインに少し落ち着こうと言おうとした。
「ディー……? ちょっと、ま……」
しかし、最後までそれを口にすることはできなかった。
甘く見つめるディーディラインは、視線だけでティーゼリラの言葉を封じていたのだ。
「ティーゼリラ様、お慕いしております。これからは、全身全霊をもって、ティーゼリラ様を私の愛でお包みいたします」
そう言ったディーディラインは、柔らかくティーゼリラの唇を塞いでいた。
羽のように柔らかく触れた唇だったが、ぴったりとくっついたまま一向に離れることがなく、ティーゼリラは次第に息苦しくなっていた。
それに気が付いたディーディラインは、少しだけ唇を離して、優しく言った。
「ティーゼリラ様、キスの時は鼻で呼吸をするのですよ」
そういわれてたティーゼリラだったが、苦しさから口を開けて荒く呼吸をしていた。
それに、くすりと柔らかい笑みを浮かべたディーディラインは、ティーゼリラの呼吸が整った後に再び唇を合わせてきた。
触れるだけのキスだけでは飽き足らず、ディーディラインは、ティーゼリラの甘い唇を思う存分味わった。
キスは深くなる一方で、ティーゼリラは、自分の甘さをここで初めて理解するのだった。




