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旅の始まり

 通り一本違うだけで全く風景が違う。初めて見るような王都の姿に、ガイネは静かに外を見ていたが、半時もせずに馬車は王都の城門を出た。


 城門では、入ってくる者たちへの検閲はあるものの、出て行く者は基本的に自由だ。城門外にごった返す人々を見ながら馬車は進み、人混みが無くなるまで進んでからようやく停まった。


「ここまでだ。降りてくれ」


 御者の不機嫌な声が聞こえてくる。ブラッチェが扉を開けて周りを確認してから降り立ち、ガイネもそれに続いた。


 城門付近の人々は見えるが、中央の大通りから外れたここの付近にはちらほらとしか人がいない。ここからは王都の城門と城壁が見渡せる。ガイネは後ろでブラッチェと御者が小声で何事か言っているのを聞き流しながら、王都を見ていた。


 王都を出たことは何度もある。小さい時の剣の修行もそうだし、皇太子として他国の行事に招かれたこともある。高等学部に入ってからは、何故かそれは弟の担当になっていたけれど。


 ガイネが馬車に向き直ると、2人で話をしていた御者があからさまに顔をしかめて、ブラッチェをつれて馬車から離れたので、しょぼんとしながらもその間にガイネは馬に近寄りその首筋を撫でる。つややかな毛並みの黒馬はガイネに鼻先をこすりつけてきたので、ガイネも頬をその鼻横に付けて、そっと首筋を擦った。


「ありがとうな、ここまで送ってくれて。元気でな、──バソン」


 馬はブルルルと鳴いて答えてくれたようだ。その優しい目を見ながら何度も触っていると、ブラッチェに声を掛けられた。


「もう行くぞ。荷物は全部持ったよな」


 それにうんと答えて、ガイネは御者に向き直った。途端に顔を背ける御者。


「ここまで送ってくれてありがとう。この馬にも褒美のリンゴを上げて欲しい。それと皆に元気で、と伝えてくれると嬉しい」


 御者は何も言わず、顔も見なかった。ただ帽子に手をやり、少しだけ頭を下げたように見えた。そうしてそのまま馬車の御者台に乗り込み、掛け声をあげて城門に向かって馬を動かした。

 ガイネとブラッチェはすぐに小さくなっていくそれを見送り、ブラッチェに促されて南に向かって歩き出した。


「ガイネ、これからどうするつもりだ? 何か考えているのか?」


 ブラッチェはガイネのような旅衣装ではあるが、ガイネよりもしっかりとした防具を身に着けている。

 ダークグレーのチュニックに、胸当てと肩当て。ドラゴンの革だというグローブに、脛あて付きのブーツ。それと膝丈のネイビーのマントだ。剣は騎士になってから賜ったというロングソードを腰に差している。

 ガイネよりも頭一つ分背が高いし、厚みも倍ちかくある。長剣を持つにふさわしい体格だ。

 ガイネの剣は細身のレイピアだ。護拳付き柄は業物らしく、凝ったそれでいて美しい曲線の護拳が付いている。ただし華美過ぎずに使いやすい。こちらは片手の剣ゆえ、細身のガイネでも扱えるのだ。

 ブラッチェと並んで速足で歩きながら、ガイネは先ほどの問いに頷いた。


「南の国に行こうと思っているんだ」

「……理由は?」

「一番遠いから」


 バシッ!! 


「あほか!! そんな理由があるか!」

「じょ、冗談だよ……。本気で殴らなくたって」

「冗談だというのなら、ちゃんとした理由を言ってみろ!」


 高速でガイネの後ろ頭を叩いたブラッチェは、こぶしを握り締めてガイネを睨みつけた。むろん足は止めていない。


「いや、だから。北の国は寒さで農業が発展出来ない。だから豊かなこの国の領土を狙っているだろう? そこに僕がノコノコ行ったら、絶対に捕らえられて交渉材料にされる。いくら廃嫡されていたって皇太子という立場にいたのだからな。それでお父様が交渉に応じれば、僕は追い出されてなお迷惑をかけるといい笑い者だし、交渉材料にならないとなったら僕は殺されるだけだ。お前が国を裏切らないとは分かっているけれど、協力しなかったらお前だって殺される。お前はこの国の宝だ。僕だけでなくお前まで殺されたら、僕はあちらの国で殺されて、見せつけに死体をこの国に送り返されて、さらにここで皆に八つ裂きにされてしまうだろうさ。それは仕方がないとしても、そんな迷惑はかけられない」


 淡々と話すガイネ。


「西も同じだ。あちらは今すぐにこの国を狙っているわけではないけれど、内乱も続いているし、そこに僕が行けば鴨が葱を背負って来るのと一緒。何も争いの種を持ち込むこともないだろう。国内が比較的穏やかで、この国とも関係が良好な関係にあるのは東と南だろう」

「それなら、東に行けば良いじゃないか。そっちの方が全然近い。……まさか国を出たくないとか言わないよな?」

「そりゃまあ、出なくて済めば……って殴るなよ! いや、南に行きたい理由がちゃんとあるんだよ!」

「どんな!」


 またしても速攻叩かれたガイネは、涙目になって頭を押さえながら、ブラッチェに睨みつけられて続けた。


「クライネ嬢を送り込んだとお父様が言っていた隣国フェアラート王国は、南の国だろう? フレーテ男爵が治める領地も、同じようにこの国の南の端だ。フレーテ男爵がフェアラートと繋がっているのか、ただ近い場所だから名前を勝手に使われたのかは、僕にはわからないけれど、何にせよ友好国であるはずの南の国が彼女を送ってきたのなら、調査する必要があるじゃないか。そりゃ、もうお父様が調査隊を送り込んでいるとは思う。だけど僕はいわば当事者だから。自分でも調べたいんだ」

「そんな簡単にいくか? お前は懐柔できなかった相手なんだから、フェアラートでも要注意人物になっていると思うぜ。それがノコノコ行ってみろ。それこそ鴨葱で捕らえられるだけだろうが」

「ならブラッチェは、僕が東の国に行って、そこで安穏と暮らせばいいと?」

「それが無難じゃないのか?」

「確かにな。僕だって死にたいわけじゃないからな。でも取り返しのつかない事をしておいて、お父様たちだけじゃない、使用人にもあんなに嫌われて、すべて忘れて安穏と生きて行くなんて、僕には出来ないよ。これでも皇太子だったんだ。国を守る責務は果たしたい」

「……ご立派なことで」

「あ! 馬鹿にしているな!? ま、まあ、お前をそこまで巻き込もうとは思っていないよ。お前は適当なところで離れてくれて良いから。まあこの国を出るまでは一緒にいてもらえるとありがたいけれど……」


 最後はごにょごにょと小さい声で呟くガイネに、ブラッチェは思い切りため息をついた。それに横であからさまにビクっと反応するガイネ。


「レベル上げたら国を出る必要はないんだぞ。まじめにレベル上げに勤しむという選択肢は?」

「もちろんレベルも上げるさ。修行すればするほど、僕がどこへ行こうと生き残れる可能性が上がるからな。でも迷惑かけた分、少しでも役に立ちたいんだ」

「そんなこと言って、また騙されてあっさり捕らえられるんじゃないのか」


 意地悪にも重ねて聞けば、ガイネはひょいとその両肩をそびやかした。


「そうなったら自害するさ」

「おい」

「捕らえられて交渉道具にされる位なら、死を選ぶ。僕にだってそのくらいの覚悟はある」


 ガイネの真剣な眼差しが、ブラッチェを射抜く。その眼を受け止めて、ブラッチェは顔を逸らしてもう一度ため息をついた。


「そんなにちゃんと考えられるのに、なんであんな女に騙されたかね……」


 とたんにガイネは目を泳がせて、あちこち見回した後に、しょぼんと下を向いた。


「だって、あの時はいい子だと思ったんだ……」


 そうして足取りも重くトボトボと歩くから、競歩に近い早さで歩くブラッチェと、一気に距離が開いてしまった。ブラッチェはそれに深くため息をついて、道の脇の木の陰でガイネが着くのを待った

短いですが、年内最後にあげておきます。

皆さまどうぞ良いお年をお迎えくださいませ。


 年明けの更新はなるべく早いうちにしようと思っています。

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