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出立準備2

「ガイネ、お連れしたぞ……って荷物増えてないか!?」

「ありがとう、ブラッチェ。いや、なかなか購入できないなら、もう少しあったほうが良いかなと思って」

「もう少しって分量じゃないだろう!? どうやって持っていくんだそれ!」


 客人の存在も思わず忘れて、ブラッチェは部屋の中に駆け込んだ。

 ブラッチェがガイネ用に用意したのは背負える大袋、一袋だ。これでも詰め込めば動くのも大変かもしれないと思っていたのに、明らかにそれに入りきらない分量が横に積まれている。きっと大袋4つはいるだろう。


「バソンなら僕が乗ってもこれ位簡単に積めるだろう?」


 バソンとは、ガイネの馬の事である。


「ちょっと待て、馬を連れて行くつもりなのか!?」

「うん」

「うん、じゃねえ!! 連れて行けるわけがないだろうが!!」

「なんで?」

「お前な! 暢気に馬で移動していて、襲われたらどうするつもりだよ!」

「馬なら降り切れるだろう?」


 それはそうだ。確かにその通りだ。歩くよりは振り切れる。しかし。


「馬なんか連れてたら、しかもあのバソンを連れていたら、一目で金持ちだ想われて狙われるぞ! 大体小さな街には馬を休ませる場所もないし、何よりエサをどうする気だ!」

「え、その辺で草を食べてもらって……」

「草だけ食べさせていればいいってもんじゃない! そんな事をしていたら栄養失調ですぐに動けなくなるぞ! それに馬の食べる量は半端ないわりに、1回の食事量は少ないんだ。一日の大半、えさを食べているんだ!」

「で、でも、厩舎では確か、1日3回……」

「確かにな! あれはちゃんと1日の分量を計算して上げているからその回数だし、それ以外も敷いている藁を食べているんだよ!」

「そ、そうなのか」


 思わず大声を出してしまったブラッチェ。まさかガイネが馬での移動を考えているとは思ってもみなかったのだ。


「それに、お前は馬を持ち出すことは出来ない」

「え?」


 後ろから落ち着いた、しかし呆れたような声が聞こえて、ガイネは入口の方を見ると、そこには宰相が腕組みをして立っていた。さらには騎士隊長まで一緒にいるのだ。不敬を働いてしまったとブラッチェが慌てる。


「失礼しました、宰相殿! 騎士隊長殿!」

「お越しいただき感謝します。どうぞ、中へ」


 今さらだがガイネも慌てて挨拶をする。ブラッチェには荷物を検めてもらう人を呼んできてもらっていたのだ。それが宰相と、騎士隊長まで来るとは思いもしなかったが。宰相が冷たい声を出す。


「ガイネ。昨日バソンを手放すことに同意するという書類にサインをしただろう。忘れたのか?」

「あ……」


 忘れていたというか、正直知らない、というのが本音だ。昨日の書類は最初の方以外、じっくり読む時間もなかった。次から次へと書類を渡されて、それも肝心な部分を押さえられたままで、サインするだけで精いっぱいだった。これは読ませる気がないなと思ったから、見ようともしなかった。

 ガイネの顔をみて、書類に目を通してはいないことが分かったのだろう、宰相は眉をよせて頭を振る。それを見てガイネは恥ずかしくなった。また失望されてしまったと。あれだけちゃんと書類には目を通せと言われたのに、またもや碌に読まずにサインをしてしまった。読ませてくれと頼むべきだったのだろう。


「馬も馬車も持ちだす事は許さない。使いたければ自分で買うんだな。──まあいい、荷物を検める」

「……お願いします」


 すっかり落ち込んでしまったガイネには目もくれず、宰相はブラッチェが用意しておいた分を検めた。それには合格が出たらしい。もちろん買ってきてもらった食料なども問題はなかった。

 続けて宰相はその横に先ほどガイネが積み上げた服に取り掛かり、ポイポイと捨てるように放り投げた。


「これはいらない、これも必要ないだろう。正装なんて持って行ってどうするつもりだ。スリッパなどどこで履くつもりなんだ? 靴だってそのブーツ一つで十分だろう。なんでこんなにあるんだ。帽子もガウンもいらない。こっちの山のはほぼ許可出来ない」

「そ、そんな……」

「ガイネ。いい加減自分の立場を理解しろ。物見遊山に行くのではない、遠方に引っ越すのでもない。お前はこの国から追放されるんだ。文句があるのなら今着ているものだけで今すぐに出ていけ。——全く、どうしようもないな」

「……ごめんなさい」

「まあ持てるというのなら、もう一つや二つは持って行ってもいい。ただし、こちらに避けたのはダメだ」


 すっかり打ちひしがれているガイネに、流石にかわいそうに思ったのか、ブラウスと下着の追加には許可を出してくれた。


「ガイネ。お前の廃嫡の手続きは済んだ。今この場を持って、お前はただのガイネだ。今後はアルキの姓を名乗ることは許さない。いいな。明日にはここを出ていけ」

「いえ、今から出て行こうと思っています」

「……国王が指定したのは明日の日没だが?」

「はい。でも僕はこの国の住人としても許されない事をしてしまいました。これ以上皆に迷惑をかけるわけにはいきません。ですから、もう出て行きます」

「そうか。それもいいだろう。──好きにしろ」

「はい。宰相さまにもお世話になりました。迷惑ばかり掛けて本当にごめんなさい。あ、あとこれをお願いします」


 深く頭をさげたガイネに、宰相も隊長も驚いた顔をしていたが、ガイネは構うことなく直ぐに書き物机に置いておいた手紙を取りに行き、それを宰相に手渡した。


「これは?」

「皆に謝罪の手紙を書きました」

「中はすべて検めさせてもらうぞ。その結果によっては渡すことは出来ない」

「はい。封はしていませんので、お願いします」


 宰相は一通ずつ宛名を確かめていたが、最後の一通で表情を険しくした。


「あの女にもか?」

「はい。あの、どうか、苦しまない最後を遂げさせてあげてください」

「……これは渡せると約束は出来ない。いまお前に言われたことも」

「はい、判断はお任せします。よろしくお願いします」


 そうしてもう一度、ガイネは頭を下げた。これであとは荷物を袋に入れて出て行くだけだ。

 それから泣きそうな顔で、ブラッチェを見た。


「ブラッチェも最後までありがとう。お前が居てくれて助かったよ。元気でな」

「お前ひとりでここを出て、生きて行けると思っているのか?」

「どうかな、出来るだけ頑張ってみるよ」

「本当にお前はバカだな。まあいいさ、俺も付いて行く」

「え??」

「俺も外の世界をもっと見てみたい。外の強い奴らと剣を交わしてみたい。俺の剣がどこまで通じるのか、試してみたい」

「まて、お前は騎士団に、将来有望と望まれているじゃないか!」

「ああ。だがそれ以上に俺は外の世界を見てみたいんだ」

「そ、そんなの、騎士団が許すわけがない!」

「もう許して貰ったよ。退団届を受理してもらった」

「なっ……!!」


 思わず絶句したガイネに、騎士隊長の大きなため息が聞こえた。

 それにガイネは震えあがった。国の貴重な戦力を、また自分のせいで失くしてしまうなどあってはいけない。慌てて騎士隊長に懇願した。


「どうか、ブラッチェを辞めさせないでください! この男はこの国に必要です、僕は一人でいい、だから」

「残念ながらブラッチェの決意は固かった。すでに退団届は受け取っている」

「そ、そんな……! 僕の犠牲になる事なんてないんだ! お前はこの国で、みんなを守ってくれ! ヴィーノ嬢を守ってくれ!」

「あいにくだが俺もあの暴力女は嫌だ。というか俺が守る必要ねえだろ、あれは。あっちの近衛もすげえ強いし。ヴィーノ嬢よりもお前の方が、俺が必要だろう」

「でも僕は追放されるんだぞ!? そんな罪人にお前が付き合う必要なんてないんだ!」

「ああ、俺は自分で辞めるだけだから国内にいても問題ないし、それに元騎士団だと言えばどこでも雇ってもらえる。まったく不自由もない」

「で、でも……」

「うるさい。騎士団を辞めた俺がどうしようと俺の自由だし、もう俺はお前に付いて行くと決めているんだ。ま、お前と一緒にいるのに飽きたらさっさと戻るけれどな?」

「……本当だな?」

「うん?」


 おどけてみせたブラッチェに、ガイネは真剣な眼差しで迫った。


「僕と一緒にいるのが嫌になったら、本当に騎士に戻るんだな?」

「……」

「約束してくれ、僕のために犠牲にはならないと。僕に愛想が尽きたらいつでも離れると」

「おい……」

「そうでなければ、お前とはいかない!」


 ガイネの言葉に、ブラッチェは意表を突かれたようで唖然としてたが、やがて嘆息して左手を肩まで上げた。


「分かった、約束しよう。ガイネに愛想が尽きたら、すっぱりお前から離れる。これでいいか?」

「騎士の約束だからな、忘れるなよ。……でもお前が付いてきてくれるのは嬉しい」

「ああはいはい。だからもう少しだけなら荷物を増やして良いぞ。俺が持てるだけならな」

「ありがとうブラッチェ。本当に心強いよ」


 思わずガイネが握手を求め、ブラッチェも苦笑しながらその手を握った時、横から咳払いが聞こえてきて、二人は慌てて離れると、宰相が額を押さえながら言った。


「まったくお前たちは第三者の存在を忘れおってからに。まあいい。これ以上の挨拶は不要だ。用意が出来たら出て行くがいい」

「はい……。お世話になりました」


 ブラッチェは敬礼をし、ガイネはまた頭を下げる。


「ブラッチェ。腕を磨いたら帰ってこい。優秀な人材はいつでも歓迎するからな」

「隊長、ありがとうございます。もっと強くなって、戻ってきます!」


 騎士隊長はブラッチェに騎士団の敬礼をし、ブラッチェもそれを返す。ガイネはただ頭を下げた。


「さっさと行け」


 そういって宰相は踵を返して、部屋を出て行った。騎士隊長もそれに続く。


 二人はそれを見送ってから、ガイネ用の袋に荷物を詰めてこんだ。さらには旅衣装に着替えようと、ブラッチェが侍女たちを呼んで、着替えを手伝ってもらった。


 飾り気のないシャツにズボン、足元は脛まであるブーツ。以前、遠出用に作ったマントを羽織り、首や手首に防御効果のあるアミュレットをはめ、腰に剣を刺すためのベルトを巻いて剣を固定する。この剣は国一番の剣職人がガイネのために作ってくれた業物だ。驚くほど丈夫で、驚くほどに斬れる。


 最後に荷物を詰めた袋を持ち上げる。ずっしりとしたそれは、屋敷を出たら背負うつもりだ。

 ブラッチェ用の荷物もすでに用意が出来ていて、それを護衛控えの間から持ってきた。本当に一緒に出立することを考えていてくれたのか、とガイネは胸がつまる思いだった。


 相変わらず口を聞いてくれない侍女たちが退出し、用意の整ったガイネは部屋を見回した。生まれてからずっと過ごしたこの部屋。国の貴族たちから、ごくたまに贈られた物を飾っていたが、それ以外に物はない。

 ここで過ごした日々は、それなりに穏やかであり、今となれば楽しかった。


 もう戻ってくることはない部屋。

 

「ガイネ、そろそろ行こう。暗くなる前に出た方が良い。とはいえこの時間に出たら野宿は確実だぞ。やっぱり明日の朝にしたほうが良いんじゃないのか?」

「いや。今からでいいよ。行こう、ブラッチェ」

「分かったよ」


 もう一度だけ部屋をぐるりと見回した。最後に目に焼き付けておくように。そうしてガイネはブラッチェと共に部屋を後にした。

間があいてしまいました、まだレポートなど終わっていなくて;;;

次は年内には投稿できると思いますが、1月終わるまでレポートと試験の日々が待ち受けていますので、まだしばらく投稿は遅めです;;;


 そしてびーえるではございません。

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