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真実は

続きです

「ただいまを持って、ガイネとオッタヴィーノ嬢の婚約を解消する。さらに、ガイネの皇太子の身分をはく奪し、国外追放と処す!」

「は……?」


 国王の宣言に、ガイネは唖然とした。何を言われているのかさっぱり分からない。


「お、お父様?」

「ガイネ。お前には心底失望した。オッタヴィーノ嬢への無礼すぎる行いは、お前でなければ死罪にしているところだ。だがお前のその馬鹿さは、教育しきれなかった私の責任でもある。よって死罪は免除するが、お前のその愚かさは救いようがない。この国にいるだけで迷惑だ」

「そ、そこまでバカバカ言いますかっ?」

「事実だろうが」


 ガイネは混乱しつつも、反論を試みた。皇太子である事に執着はしないが、それにしたって意に沿わない婚約を解消しようとしただけで、死罪だとか追放とは重すぎないか。


「確かに婚約解消はオッタヴィーノ嬢に無礼だとは思います。しかし僕は彼女と一緒にいたくないだけです。それなのに……」


 隣にいるクライネがガイネの腕にそっと手を触れてくる。その手にガイネも手を添えた。


「まだわからんのか! 皇位継承者が、簡単にハニートラップに掛かるようでは、その資格はないという事が!」

「ハニートラップ?」

「大バカ者!」


 バシィと大きな音と共に、またもやガイネが吹っ飛んだ。国王に頬を叩かれたのだ。平手だったので、音と衝撃の割には、ダメージは少ないが。


「ガイネ。お前はそのクライネとやらの身元調査をしたのか?」


 国王が冷たい目でガイネを見下ろす。先ほどのダメージからも回復しきっていないのに、また殴られたことでめまいがひどいが、国王相手に転がったまま答えるわけにはいかないと、ガイネはまたよろよろと立ち上がった。


「そんな必要はないでしょう? 彼女はフレーテ男爵の娘で、だからこそこの学園にも入れたのですから」


 叩かれた衝撃で口の中を切ったようだ。血の味がする。


「それが大バカ者だというのだ! そこのクライネとやらはフレーテ男爵の娘ではない!」

「そ、そんなことはありません! たしかにフレーテ男爵には令嬢がいるというのは、僕も確認したのですから!」

「確かにいるな、アルプという名の5歳の令嬢が」

「は……?」

「その女はどう見ても5歳には見えんがな。それにお前はその女が優秀だと言ったが、成績を調べたのか?」

「そ、そんな個人情報は調べていませんけれど、彼女が編入してきたときに教師がそう言いましたから」


 国王はため息をついて斜め後ろに手を出すと、そこに控えていた従者が紙を手渡す。


「女学生必修の裁縫と刺繍は良の下、マナーはかろうじて良。男女共通科目では5つのうち3つが確かに優だが、他は良だな。総合的な成績は中という所か? これなら8~9割の学科で優を取っているお前の方がマシだな?」

「え……?」

「『成績優秀で編入』などと言うのは転入生に使う枕言葉のようなものだ。お前はそんな事も知らずに鵜呑みにしたわけだ」

「うっ……」


 教師が優秀だといえばそうだと思うじゃないか、という言葉は、この状況ではさすがに飲み込んだ。


「付け加えるならば、この学園には入学以来、首席の座を守り続けている生徒が一人いる。そう、オッタヴィーノ嬢だよ」


 国王が従者に紙を返しながら、反対側にいたオッタヴィーノの肩に軽く手を添えると、オッタヴィーノはもったいないお言葉、と礼をした。


「オッタヴィーノ嬢はお前と婚約した次の年、11歳で小学部に入学した。それ以来オッタヴィーノ嬢は全科目満点、必修実技も優だ。お前にはその意味が分かるか?」


 その国王の言葉に、ホール中から息をのむ音と、賞賛の声が聞こえてきた。


 男女共通科目には、外国語2つに国語、数学、理科、歴史、地理、政治経済がある。ガイネは外国語と政治経済が苦手で、これらで満点を取ったことはほとんどない。もちろん他の学科でも満点を取るのは難しい。


 1位から5位までの成績優秀者は学院の廊下に試験のたびに貼りだされる。ガイネは毎回5位以内はキープしていたが、オッタヴィーノは常に1位だった。ただし点数までは発表されないので、ガイネだけでなく他の者も知らなかった事実だ。そしてクライネの名前がそこに載った事がないのも、事実だった。


「まさか才能だけで全科目満点を取れているとは言うまいな? そんなオッタヴィーノ嬢が、優秀だといわれる彼女に嫉妬した?? すると思うのか? お前は」

「……思い、ません。しかし、オッタヴィーノ嬢がクライネ嬢に意地悪をしていたのは事実です! ここに証拠の数々があります! 成績が優秀でも、どれだけの努力家だろうと、人となりしてのオッタヴィーノ嬢を僕は受け入れられません」


 ガイネの必死の反撃に、国王は再び深いため息をついた。それにガイネは怯えた。まだ何かあるのかと。


「お前が証拠だと言ったその書類を、お前はきちんと読んだのか?」

「もちろんです!」

「ならばそこに散らばっている書類の一つを読み上げてみよ」


 国王の言葉に、ガイネは足元の書類を一枚拾った。ガイネの頭の中は混乱を極めていた。クライネは男爵令嬢ではないとか、ハニートラップだとか、成績も、それゆえの嫉妬からのいじめにあっていると認識していたものと違うとか、何がどうなっているのか分からない。だが、自分が調べたことを信じて行動したのだ。それが間違いでなかった事は証明したい。


「『10月4日。クライネ嬢が中庭噴水にて、周りに人がいない事を確認ののち、靴下と靴を脱いで噴水の中に……入る……? 制服スカートの裾を存分に濡らしたのち、噴水から出て靴下と靴を履き、その場に待機』……? なんだこれ! 僕が読んだものとは違います!」


 ガイネが調査を頼んだ同級の子息たちから渡された報告書には、オッタヴィーノの友人令嬢たちがクライネを噴水に突き飛ばしたとあったのだ。

 しかしこれにはクライネはガイネたちが通りかかるまで噴水のふちに腰掛けて待っていて、通りかかった瞬間にそのスカートをこれ見よがしに絞り始めた、とある。

 確かにガイネが見た時、彼女は泣きそうな顔でスカートの水を絞っていた。

 ガイネは膝をついて、落ちている他の報告書も読み上げた。


「『10月10日。校舎裏で自分のノートを破り、周りに散らしたうえ、自分でその紙を踏みつけていた』……?」


 ガイネが見たのは、破られたノートを片手に呆然と立っていたクライネだ。


「『11月5日、朝いちばんに登校してきたクライネ嬢は、自分の机に落書きをし、他の生徒たちが登校するのに合わせてそれらを消し始めた』」


 ガイネが見たのは、必死にタオルで机を拭いているクライネだった。文字は擦られたせいで滲んでいて読めなかったし、クライネは何でもありません、と言っていたけれど、調べさせた報告書には罵詈雑言が書かれていた、とあった。


「なんで……なんで内容が違うんだ……! お父様! 僕は確かに先日、オッタヴィーノ嬢が彼女に嫌がらせをしていたという報告書を読んだのです! それらをまとめてもらって、今日ここに来た時に受け取ったのです!」

「その時に中身は見たのか?」

「みませんでしたが、先日の報告書のまとめだと手渡されましたし、彼らは僕の友人ですから……!」


 だから疑いもせずに受け取り、中身もみなかった。疑う必要などなかったのだ。

 混乱で涙目になりながら、ガイネは国王を見上げた。救いを求める様に。

 しかし国王の目は冷たかった。それにガイネは絶望した。


「だからお前は愚か者だというのだ! 幼少期より真偽の確認には念をいれよと教えてあっただろう。せめてその書類を読んでさえいれば、自分が騙されていることに気が付いただろうに」


 ガイネはいつの間にか近づいていた近衛兵により、乱暴に立たされた。王子である自分への無礼な態度に、しかし国王は近衛兵を咎めもしない。さらにクライネは近衛兵の一人に、後ろ手に押さえつけられていた。


「救いようのない愚か者だが、それでも私の息子だからな。最後に教えてやる」


 国王の冷たい声が響く。


「そこのクライネと名乗る女は、隣国フェアラート王国の間者だ。お前に取り入ってこの国の情報を吸い上げ、フェアラート王国に流すつもりだったのだ」

「そ、そんな……!」


 ガイネはクライネを見るが、クライネは国王を燃えるような目つきで睨んでいるだけで、ガイネの方を見ようともしない。


「その女の本名はスピーアだな。特技が魅了魔法だ。ガイネが彼女を無条件で信用したのは、そのせいもあるだろう」

「で、でも、私は友人に頼んで調査もしました! その結果は先ほどのものとは真逆のものでした!」

「それも魅了魔法だ。お前が頼んだという友人は、その女が学院に来てからお前に近寄ってきたもの達だろう? 魅了で仲間に引き入れて、自分の都合の良い調査報告書を書かせたのだ。ああ、彼らに掛けられていた魅了魔法はもう解除した。だからこそこちらの調べた、正確な調査報告書をお前に渡したのだ。彼らはこれを渡した時に言ったはずだ、中身を確かめなくてよいのかと」


 確かに言われた。だが彼らを信用していたし、婚約解消に気が行っていて聞き流していたのだ。


「彼らも利用されたとはいえ、この国に不利益となる行いに手を貸した。虚偽の報告書に関わった全員に、卒業まで校内の清掃をさせる。拒否した者は、退学処分とする」


 ホール内からえええと悲鳴が上がる。貴族の子息が掃除をするなどあり得ない。大体掃除の仕方も知らない。掃除などと言うものは下僕や使用人がやるものだし、学園内には専用の業者が入っている。一般の生徒でも、学内掃除などはしたことがない。

 それでも退学よりはマシだ。利用された生徒らしき男子は、口々に恩情に感謝いたしますと礼を述べていた。


「スピーアとやら。申し開きはあるか?」


 国王の言葉に、クライネ、もといスピーアは、今までの清楚な美女の顔をゆがめて、あろうことか国王に向かってつばを吐きかけた。当然ながらそれは国王には届かなかったが。


「もう少しでうまく行くところだったのに!」

「あり得んな。お前がこの学園に来た時から監視していた。それゆえお前の狂言が暴露したのだから」

「そ、それならもっと早くに教えてくだされば!」


 思わずガイネが声を上げる。それ以前に、わかっていたのならクライネをその時点で逮捕なり退学させておけばよかったのだ。


「いきなり近づいてきた者への警戒、この程度のハニートラップに対処できない愚か者は、私には必要ない」


 国王の無情な言葉が、ガイネの心に突き刺さる。


「お前が軽視したオッタヴィーノ嬢が、お前にその女がハニートラップを仕掛けようとしている事を報告してくれた。それだけでもどちらが優秀なのか言わなくてもわかるな。その時にはすでにその女には監視が付いていたから、オッタヴィーノ嬢には関わらないようにだけ伝えていたのだ」


 オッタヴィーノは国王の隣で、気の毒そうな目でガイネを見ている。


「皇位継承者は弟のフィアッティとする。オッタヴィーノ嬢、あなたはこの国に必要な国母候補だ。それと正確には『皇位継承者の婚約者』だ。幸いにもあなたもフィアッティとも仲も良い。あなたさえよければこのままフィアッティの婚約者となり、将来は皇后となってもらいたいと考えている。もちろん拒否してくれても構わない。ゆっくり考えてくれ。ガイネ、お前は身分をはく奪し、国外追放だ。だが一つ恩情を与えよう。これからお前がどう生活をしようと自由だが、1年以内に冒険者レベルが100になったら、国外追放は免除しよう。もう一つ。王都追放までに今日を含めて3日間の猶予を与える」


 冒険者レベル100!? とまたあちこちから声が上がる。


 この世界では剣士や魔導士、冒険者が存在している。ガイネも皇位継承者の修行の一つとして剣を扱っているし、レベル上げの修行に行ったこともある。そうして一流冒険者と言われる人たちのレベルで90前後と言われている。ちなみにこの大陸に魔王や魔族はいない。


 そんなこの世界でレベル100保持者は、長年修行を続けてきた超一流の者ばかりだ。国の騎士団の隊長がレベル120を誇るが、彼はもう50近いはずだ。


 彼らが高レベルなのは、彼らが20代の時にブラックドラゴンが大量繁殖して出没したからだ。それらを倒すために騎士団を始めとする複数のパーティが協力して倒して回った結果、そのようなレベルになれたのであって、平和な現在では、王国騎士団の重鎮や一流冒険者以外でも難しいレベルだ。


 国を出てまじめにレベル上げに勤しめば、いつかは国に帰ってこられるかもしれない。だが1年では無理だ。結局、永久追放と同じという事だ。

 それに普通なら即座に国外追放だが、王都を出るまでに3日の猶予が与えられたのはやはり皇太子であったからだろう。


「皆の者、せっかくのダンスパーティを中断してしまって悪かった。予定時間よりも短くなってしまったが、これよりダンスパーティを開催する。少しでも楽しんでいってくれ」


 このダンスパーティーは、皆が楽しみにしてきたものだ。国王と、ガイネとクライネ、彼らに協力した者たちは連行されるが、それ以外のものには楽しむ権利がある。それにダンスの後に用意されている立食パーティも、食材を無駄にするわけにはいかない。


 ダンスもパーティも、この話題で持ちきりになるだろうし、パートナーが連行されてしまった令嬢たちもいるだろうが、社交界でも様々なハプニングが起きる。これも一つの経験として欲しい。その思いからの継続宣言だった。


 中止になるだろうと諦めていた生徒たちから、国王万歳との言葉が湧きあがる。さらにオッタヴィーノへの称賛の声も。それに交じってガイネには罵声が浴びせられた。

 もし婚約を破棄するにしても、他のやり方もタイミングもあっただろうと。恥を知れ、愚か者との声が飛び交う。その中を茫然自失状態のガイネは、近衛兵に囲まれて、クライネと共に会場を去って行ったのだった。


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