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婚約を破棄する!


「オッタヴィーノ。今日をもって貴女との婚約を解消する」


 皇太子は目の前の婚約者に告げた。そして心から安堵した。ああ、これでこの女性から自由になれると。


 アルキ王国の皇太子、ガイネ・アルキ。彼は10歳の時にレーニ伯爵令嬢のオッタヴィーノと婚約をしていた。もちろん国の決めた政略結婚である。だが、ガイネはどうしてもオッタヴィーノが好きになれなかった。

 努力はしたのだ。歩み寄ろうと。でも性格が根本的に合わないものはどうしようもない。この女性と一生を共にするのか、と絶望している時に現れたのが、フレーテ男爵の娘、クライネだった。


 貴族の子供たちが多く通うクレフィ学園。

 ガイネもオッタヴィーノも小学部から通うその学園に、高等学年の2学年で転入してきたクライネは、編入試験で優秀な成績を獲得して、入学してきた。

 ブラウンのストレートヘアで、黒目の彼女は、可愛い系のオッタヴィーノとは正反対の、清楚な美人系だった。とはいえガイネは見た目に惹かれたわけではない。


 成績優秀でも控えめで、大人しい令嬢だった。なんでも目立たないと満足できないオッタヴィーノとは真逆で、何より話しやすかった。それこそガイネと合う人だった。話をするのが楽しかった。

 そうなれば一気に惹かれるのも無理はない。二人は急速に仲良くなったのだ。

 

 ガイネは皇太子である自分の立場を十分に理解していた。ガイネ本人ではなくその立場に、人は群がってくる。だからその人が何のために自分に近寄ってきたのかを見る目は十分に養ってきたつもりだ。

 オッタヴィーノは国の為に決まっている相手だから、そこに利益などは関係してこない。だが他の人間の多くは、ガイネに取り入ってあわよくば出世を狙うか、金をねだろうとしている者ばかりだった。

 だがクライネは違った。ガイネが近寄らなければ自分から近寄ってくることもしない。金の話などもしない。一生を本を読んで静かに暮らせればよいのだ、とほほ笑むその姿に、ガイネはオッタヴィーノ嬢にはない、安らぎを感じていた。


 そんなクライネが、入学して1年もたたないうちに様子が変わってきた。ガイネが近づくと逃げるようなそぶりを見せるようになってきたのだ。

 基本的に皇太子から逃げるなどという事は不敬である。ガイネはそれを咎めようとは思わないが、だからこそ普通は取らないその態度に、どうしたのかと注意深くクライネを見てみると、そのくるぶしまである制服のスカートが汚れていたり、時折歩き方が不自然なことに気が付いた。

 どうしたのかと問い詰めると、転んでしまったのです、と泣き笑いの顔で答える。令嬢にその足を見せろなどという失礼なことは出来ないが、それでも怪我をしているのだろうとは十分に予想が出来た。

 最初は本当に転んだのだろうとガイネは思っていたのだが、それが何度もあればどうなるか。階段を踏み外した、庭で石につまづいた、うっかり噴水に落ちた、学園の廊下でつまづいた。3日に1回はそう言うのだ。そんな事があるだろうか。もしやクライネ嬢は何かの病気なのではないか、とガイネはこっそりと見張ってみた。

 そうするとどうだ。他の令嬢たちがわざとクライネにぶつかったり、足を引っかけたりしているではないか! 怒りにかられたガイネが令嬢たちに詰め寄ると、彼女たちは青くなりながら、オッタヴィーノに頼まれたのだと白状した。

 クライネが成績優秀で気に入らない。男どもが彼女を好ましく思っているのも、気に入らない。そう思っていた令嬢たちに、オッタヴィーノから生意気な女に思い知らせてやりましょうと話を持ち掛けられて、虎の威を借りた気分でいじめていたのだ、と白状したのだ。


 ガイネはすぐにオッタヴィーノを問い詰めに行こうと思ったが、クライネに止められた。こんな嫌がらせはもう少ししたら飽きてやめるだろう。それにあと半年も我慢すれば学院を卒業できる。少なくともその2か月前のデビュタントまで自分が我慢すればいいだけなのだ、大ごとにはしたくないからと。

 なんてけなげなんだ! ガイネは感心した。こういう気持ちがあれば、オッタヴィーノも人を虐めたりしないだろうに。

 自分を利用しない姿勢にも感心した。ならば自分が守ってやろう、そう考えた。


 だがクライネは、オッタヴィーノがいるのだからそれはいけない、と断った。皇太子に望まれているのに身を引こうなんて、ふつうは考えない。この謙虚さにもガイネは感心して、オッタヴィーノの悪事の証拠をきっちりと押さえれば、婚約は破棄できる。国母となる女性が、人に嫌がらせをするような人物であってはいけない。だから大丈夫だとクライネに言った。そうしてガイネは同級の男子たちにも協力してもらって、こっそりとクライネへのいじめの詳細、それをオッタヴィーノが指示した証拠を集めていったのだ。

 

 ガイネが近くにいる時はクライネは被害にあわないから、わざと離れてみた。その間にクライネが受けた嫌がらせは、次の通りであった。


 クライネ嬢を校舎裏に連れて行って、多数の令嬢で囲んで、嫌味を浴びせかける。

 廊下を歩いている所を、後ろから突き飛ばす。

 階段で体当たりをする。

 ノートが無くなる。

 校舎の外を歩いていたら、上の階から水をかぶせられた

 上の階からものが落ちてきた 


 等々、もはや傷害事件と言ってよいレベルのものも入っている。階段で体当たりなど、一歩間違えたら大怪我では済まないかもしれない。よくかすり傷で済んだものだ。

 今のところ直接の暴力は流石になかったが、このまま放置したらそうなりかねない。そんなことは許されない。


 学園では、卒業の前のデビュタントの予行演習として、ダンスパーティが行われる。ガイネはそこで、皆の前でオッタヴィーノの悪事を暴き、婚約を解消し、新たにクライネと婚約をする。そうクライネに計画を打ち明けると、オッタヴィーノさまに申し訳ないと泣きながらも、何とか了承してくれた。


 ガイネは気合を入れて、友人たちと計画を練り上げて、その日まで学園内ではガイネがクライネの側に居ることで彼女を守りつつ、その日を待った。


 そうして、冒頭のシーンに戻る。


 このダンスパーティは、デビュタントの予行演習であるから、本番さながらに学園に通う子供の親も参加をしている。その上、今年は国王夫妻も同席するのだ。参加者のガイネが国王の息子だから当然と言えば当然だが、それだけに今年はいつにもまして正式な舞踏会となっている。

 正式とは言え、あくまで予行演習なので、国王夫妻への謁見などはしない。国王夫妻は他の親同様、その場に立ち会うだけ。ただそこで学園の先生方や親が、マナーやダンスが出来ているかをチェックしていく。始まりと終わりの挨拶だけは、代表者としてするが。


 それでもデビュタントの本番さながらに、ダンスの前には親たちに友人を紹介したり、親同士で子供たちを披露したりと小さくとも本格的な社交界が繰り広げられる。

 頬を緊張と期待でうっすら染めている令嬢たちは、各自に踊りやすい、それでいて華麗な色とりどりの、舞踏会専用の大きなシルエットのロングドレスを身に着け、小さなブーケを手に持ってはしゃいでいる。

 髪にはティアラと飾り。ドレスと色を合わせたイヤリングとネックレス。彼女たちはこの日のために、2~3年かけてマナーとダンスを学んできたのだ。ちなみに白いドレスはデビュタント専用なので、今回は着用しないことになっている。

 男性軍もタキシードに身を包み、初めての正式エスコートに胸を躍らせている。


 ガイネは、婚約者であるオッタヴィーノを伴って入場しなければならない。本当はやりたくなかったが、オッタヴィーノにそこまでの恥はかかせられない。ガイネは笑顔はないものの、きちんとオッタヴィーノを屋敷まで迎えに行き、エスコートをしながら会場入りした。いつも通り、道中もオッタヴィーノ嬢からの一方的なダメ出し以外、会話はなかったが。

 

 弦楽団の生演奏と人々の喧騒で、多少声を張らないといけないくらいに、中は華やかに盛り上がっている。

 会場入りしてしまえばダンスの時間までは自由時間だ。それでも本来は側にいないといけないのだが、ガイネは適当に理由をつけてオッタヴィーノから離れ、会場内の壁の花になっていたクライネの元に急いだ。


「待たせたね」

「いえ。でも、本当によろしいのでしょうか……」


 海のような青いドレスに、大ぶりの真珠のネックレスにイヤリングを合わせ、白い羽の髪飾りを付けたクライネは、美しくも清楚だった。そしてここまで来てまだ迷うそぶりを見せる。そんな姿にガイネはやさしく微笑んで、その肩に触れた。


「僕の隣にいて欲しいのは、クライネ、君だ。オッタヴィーノとは政略結婚の婚約だから、互いにそこに愛情はないと何度も言ったよね」

「でも、オッタヴィーノ様に恥をかかせるようなことは……」

「確かにそうだね。でも仕方がない。僕の気持ちは君にあるし、君だって僕を愛してくれているのだろう?」

「はい」

「多少の犠牲は仕方がないさ。あとはお父様に頼んで、オッタヴィーノ嬢に不利益が無いようにしてもらうし、今後のふさわしい相手を選んでもらうさ」


 それでもためらいを見せるクライネ。そんなそぶりにガイネは微笑んだ。

 そうして、そのまま時を見計らって、打ち合わせ通りにオッタヴィーノ弾劾に協力してくれる子息らを引き連れて、ホールを進んでいった。

 

 オッタヴィーノも、打ち合わせ通りに取り巻きの令嬢らがホールに連れ出してくれていた。ダンスの前に宣言してしまわねばならないのだ。一緒に踊ってしまえば、暗に婚約を正式に承諾することになってしまう。オッタヴィーノには気の毒だが、第三者がこの出来事を目撃し、承認してもらうにはこのタイミングしかないのだ。

 オッタヴィーノは、クライネをエスコートしながら近寄ってきたガイネを見て、少しだけ驚いたような表情をした。婚約者がいるのに他の女性を連れて来るなんて、と腹立たしく思うのは当然だ。

 ガイネはオッタヴィーノの前に立ち止まって、深呼吸をした。


「オッタヴィーノ嬢。今日をもってあなたとの婚約を解消する」


 そんなに大きな声を出したわけではないのだが、予想外にその声はホール内に響き渡った。そして、周りに静寂が訪れる。


「……はあ?」


 可愛らしいピンクのドレスに身を包み、サファイアのネックレスとイヤリング、白い羽根の髪飾りで華やかなオッタヴィーノは、あきれた声を上げた。

 ガイネは内心で舌打ちをした。こんなに注目を集めるつもりはなかったのにと。


 運が悪く楽団の演奏が途切れたタイミングで、しかも周囲も何故か一瞬静まったところに声を上げてしまったようだ。あり得ないタイミングだが、あり得てしまったのだから仕方がない。しかもまさか冗談ですとは、冗談でも言えない。ホール中の注目を集めたまま、ガイネは胸を張ってオッタヴィーノに告げた。


「オッタヴィーノ、君が今までこのクライネにしてきた悪行の数々は、これ以上許すわけにはいかない。おっと、とぼけても無駄だよ。こうして証拠もたっぷりあるのだから」


 後ろに控えている子息がガイネに書類を差し出し、それを受け取ってオッタヴィーノに示す。


「クライネ嬢が優秀だからと嫌がらせをするなど、人としてあるまじき行為だ。しかも最近は嫌がらせの域を脱して犯罪になりつつある。僕はそんな行為を許せないし、そんな事をする女性と結婚する気はない」

「……何を言っているのか、わたくしにはさっぱり理解できませんが」

「往生際が悪いよ、オッタヴィーノ。僕と君の婚約は、皆も知っての通り愛情からのものではない。それでも僕は君を愛そうとしてきたが、残念だけど君とは根本的に合わない。その上に犯罪まがいの行為だ。これ以上、君に関わりたくないんだよ」

「性格が合わない点に関しましては心から同意しますが、後半はまったく意味が分かりません」

「だから! 君がクライネ嬢にしてきたいじめの数々、知らないとは言わせないぞ!」

「まったく知りません」

「なっ……!」


 オッタヴィーノは呆れた表情を隠しもせず、堂々と反論してくる。ガイネの方があっけに取られてしまった。そういう性格だとは知っていたが、もう少し慌てるとか何かあると思っていたのだ。

 そうしてオッタヴィーノは大きなため息を一つついて、腰に手を当てて言った。


「繰り返しますが、ガイネさまが何をおっしゃっているのか、わたくしにはさっぱり理解できませんが、ガイネさまがわたくしとの婚約を解消したい、という点だけは理解いたしました。でもそれはあなたさまには無理だと思いますわよ?」

「なぜ無理なんだ?」


 ガイネがそうオッタヴィーノに問いかけると同時に、クライネとは逆側に人の気配を感じ、それを見ようとした瞬間に、ガッという衝撃がガイネの顔を襲った。全く身構えられなかったガイネは、そのまま倒れ込む。回りには手に持っていた書類が散乱した。


「な、なにをする!」

「それは私のセリフだ」

「お、お父様……!?」


 衝撃を感じた頬に手を当てて仰ぎ見たそこには、国王が無表情で立っているではないか。


「お前は何を勝手なことをしているのだ。」


 その国王の低い声は、押し殺した怒りをガイネに伝えてきた。ガイネは焦りながらも答えた。


「事前にお父様にお知らせしなかったことはお詫びいたします。先ずはオッタヴィーノ嬢と同意してからご報告しようと……」

「婚約解消をか?」

「はい」


 ガイネはよろよろと立ち上がった。まだ頭がクラクラしている。そんな思い切り殴らなくてもいいじゃないか。これでは明日、顔が腫れそうだ。

 軽く脳震盪でも起こしているのかもしれない。ふらつく体を何とか抑えて、ガイネは国王と向かい合った。


「お父様、僕とオッタヴィーノ嬢は昔から性格的にまったく合いません。それに加えて彼女はこのクライネ嬢に対し、犯罪まがいの嫌がらせをしていたのです。そのような女性と、僕は結婚できません。どうか婚約解消を認めてください」

「お前は馬鹿か」

「は……?」


 怒られることは覚悟していた。だが、まったく予想していなかったことに、国王は軽蔑した目で、ガイネを見ていたのだ。


「いや、馬鹿だと知ってはいた。知ってはいたがここまで徹底的に馬鹿だとは思っていなかった。救いようのない大馬鹿だったとはな」

「お、お父様?」


 国王はガイネを無視して、オッタヴィーノと向かい合った。そうして彼女に頭を下げたのだ


「オッタヴィーノ嬢、こんな馬鹿と婚約をさせてしまって申し訳なかった。親として謝罪申し上げる」

「陛下、おやめください、もったいないお言葉ですわ」


 何が起こっているのか、ガイネには理解できなかった。何故自分が殴られ、オッタヴィーノに、国王が頭を下げているのだろうか。

 国王は姿勢を正して、二人に向き直り、宣言した。


「ただいまを持って、ガイネとオッタヴィーノ嬢の婚約を解消する。さらに、ガイネの皇太子の身分をはく奪し、国外追放と処す!」

 


 

続きます。

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