第19話 森の主
鬱蒼とした森を進む。
なかなか歩きにくい。あんまり人の手が入っていないからね。
伐採も基本的に外縁部しかできないんだそうだ。
ちょっと中に入ると、トレントに操られたヒグマどもが襲ってくるんだってさ。
ヒグマってモンスターじゃなくて、ただの野生動物なんだけど、じつはゴブリンやコボルトなんかより全然強い。
下手したらオーガーより強いんじゃないかってレベルなんだ。
なのになんでモンスターって呼ばれないかっていうと、人間との棲み分けが可能だから。
ヒグマでもグリズリーでもいいけど、わざわざ人間の街を襲ったりしない。
山の中で出くわしたら襲いかかってくる程度で、そんなもんは肉食獣はたいていそうだ。
モンスターは違う。
オーガーは人食い鬼の別名通り人間を好んで食べるし、オークやゴブリンは人間の女を犯す。
意味わからないだろ? 混血は不可能で、美的感覚もまったく違うのに犯すんだぜ? だからあいつらは怪物なんだ。
共存はできない。
野生動物は違うんだけど、襲いかかってくるならモンスターと同じ。
「母ちゃん! きた!」
アスカの警告で注意を向ければ、巨大なヒグマが三頭、こちらに向かってくる。
体長は十尺(約三メートル)もあるような大物だ。
「直線で狙えないので、左端のを倒します」
フェンリルの杖を構えたミリアリアが冷静に言った。
迫りくる三頭のヒグマを見てもパニックを起こさずにちゃんと判断できている。成長したなぁ。
「……母さん? 失礼なことを考えてますね?」
「そそそそんなことはないぞぉ」
「あとでオシオキです!」
「やばい。オシオキは嫌だから頑張って戦わないと。アスカ、中央を頼む。俺は右端を」
「合点!」
元気に飛び出していくアスカ。
その横を追い越し、木々を縫うようにしてマジックミサイルが飛んでいく。
視線誘導が可能なマジックミサイルが、障害物だらけ戦場では最適解だ。
胸に直径二尺(約六十センチ)ほどの大穴を開け、悲鳴すら残さずに崩れ落ちる。
まじか、一撃かよ。
一発のマジックミサイルに見えたけど、何発分かの魔力弾をかためて撃ったのか。
中央部のヒグマが、ごくわずかにたじろぐ。
そりゃあ、森林地帯ではたぶん一番強いヒグマが一発で倒されたら、普通は驚くよね。
恐怖を感じるかもしれない。
そしてそれが野生動物の限界でもある。
戦うか逃げるか迷ったその一瞬に、アスカは攻撃範囲に入っていた。
邪神イタクァを倒した闘神が繰り出す逆袈裟。
たぶんこのヒグマは、自分の首が胴から切り離されたことすら気がつかなかっただろう。
攻撃衝動に光っていた野獣の目が空中で漂白された。
三頭目のヒグマは仲間二頭の姿に、完全に戦意を消失した。
走りこむ俺に背を向けて逃亡しようとする。
「残念、それは最もやっちゃいけないことだった」
呟いた瞬間、ヒグマがぶくぶくと泡を抜いて倒れる。
ごく短い痙攣の後、完全に動かなくなった。
「毒か? メグ」
「ピトフーイっていう鳥の毒スね。解毒法のない猛毒ス」
すうっと、ヒグマの死骸の脇からメグが姿を現す。
彼女の隠形は野生動物の嗅覚ですら関知できないらしい。
さすがに当代の英雄集団と言うべきだが、
「俺とメイシャは、まったく出番がなかったな」
「ヒグマごときで出番があったら、とてもトレントとは戦えませんわ」
俺の嘆きに、メイシャが微笑んだ。
森の奥へと分け入っていく。
数刻の行程、散発的に襲ってくるヒグマをやっつけながら。
「クマなんて食べられないし! 魔石も持ってないし! ただの害獣だよね!
アスカが怒っているが、べつに害獣でもなんでもないからね。
あと、ちゃんと処理すればおいしいって話は聞いたことがあるよ。
内臓は薬の材料にもなるとか。
「ちゃんと処理ってのが難しいのですわ。熊は雑食ですので、下処理を失敗するととてもくさいのですわ」
肉には一家言あるメイシャが講釈を垂れる。
おいしくないとは言わないが、手間とのバランスを考えると牛や豚の方が食べやすいらしい。
超どうでもいい豆知識だ。
やがて開けた場所に出る。
正面には、巨大という言い方ですら追いつかないほどの巨大な妖樹。
四方八方にうねうねと動く枝をのばし、周囲には人のものと獣のものといわず白骨が散らばる。
養分にしたのか。
「みんな! やるぞ!」
「うん!」
「はい!」
「安んじてお任せあれですわ」
「いくスよ」
それぞれの為人で応える娘たち。
まずはアスカが飛び出す。迎えうつように木陰からヒグマやグリズリーが現れる。
目算で三十ほど。
まだこんなに戦力を残していたのか。
「油断するなよ! アスカ!」
「判ってる!」
くんと加速し、まずは先頭の一頭を切り伏せ、ようとして左に跳んだ。
一瞬前までアスカがいた場所をトレントの枝が槍のように貫く。
熊と枝の連携か! 厄介な!
「八つ裂きリング!」
ミリアリアが放った魔法が、すかさず枝を何本もまとめて斬り飛ばし、そのまま勢いを殺すことなくヒグマの頭を飛ばした。
「……いけませんわ」
ぽつりとメイシャが呟いた瞬間、首をはねられたヒグマがみるみるミイラのように干からび、真っ白い骨だけになって崩れ落ちた。
「死体を残すとすぐに養分にされますわ、ママ」
「面倒な!」
取り巻きを倒せばトレントが強化され、倒さなくては近づけない。
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