閑話 世直し旅に出かけよう
「どちらに向かうのですか? 殿下」
シッファが訊ねる。
秋晴れの街道、ほてほてと歩くケイ、旅装に身を固めているが、なにしろ十一歳なので歩みは遅い。
「とくに目的地は定めておらぬが、漠然と北に向かっておる」
変声期を迎えていない甲高い声と老成したような話し方がアンバランスだ。
「どうして北なんです?」
今度はメリスが訊ねた。
兄王と同年で、赤みがかった髪と茶色い目をもつ好青年なのだが、今日はやたらとボロボロである。
頬もまぶたもぽっこり晴れて、前が見づらくないかと心配するレベルだ。
サイファ、イーリアスとのバトルロワイヤルを戦い抜いた結果というか、勲章である。
随伴はシッファだけで良いと言ったケイに、せめてもう一人は連れて行くよう説得し、その座を巡って男三人が激しく争ったのだ。
ど根性で勝ち抜いたのがメリス。
軍学校時代、負けても負けても諦めず、ライオネルに十七回も決闘を挑んだ男なのである。
おおよそ諦めとは無縁だ。
「コテンパンにやられても立ち上がる根性は、たぶんガイリアで一番じゃろうな」
「いやいや姫様、最後の方はコテンくらいまで追い詰めましたって」
「コテンは惜敗をあらわす言葉ではないぞ。普通に惨敗じゃろうが。追い詰めてないじゃろうが」
という会話を、出会ったばかりの頃に交わしている。
奇しくもというべきか、旅のともは兄王ライオネルの級友だった二人だ。
「南は栄えておるからの」
短い言葉にシッファとメリスが顔を見合わせる。
栄えている方に向かわないというのを不思議に思ったのだ。
二人の様子に、ふむとケイが頷き説明を始める。
「マスルとの交易の恩恵を受けている町よりも、困りごとが多い場所の方が人材がいるものじゃ」
もちろん貧乏な故郷を捨てて都会へと旅立つ者もいるだろう。
しかし、能力がありながらもどうしても故郷を捨てることができず、生まれた土地で頑張る者もいる。
「そんなものですかね?」
「仮に人材が見つからなかったとしても、豊かな土地より貧しい土地の方が困りごとが多かろうしな」
すました顔のケイに、なるほどとシッファは頷いた。
人材発掘が目的だと王妹殿下は言っていたが、じつのところそれはついでらしい。
民心の安定を図る。
だからこそ経済発展に乗り遅れている北側地域に向かうのだ。
「護衛が二人というのは少なすぎです」
大きなため息をメリスが吐く。
そんなに危険な場所に行かないと思ったから、随員はメリスとシッファだけにしたのである。ケイの口ぶりだと治安の悪い地域にまで足を運びそうだ。
となれば一個小隊くらい連れて歩くべきだ。
「無用じゃ。軍神ライオネルの妹を襲おうなど、少しでも頭があれば考えぬよ」
殺したりなんかしたら、族滅どころでは済まない。
冒険者は必ず復讐をするからだ。
地の果てまでも追い詰めて殺す。もし本人が死んでいたら、その家族を殺す。親戚縁者、友人に至るまでことごとく殺す。
その断固とした誓いこそが、冒険者たちの命をある程度まで保証する。
「兄上だけでなく、義姉上たちまで復讐の鬼になると想像して、それでもお主らは我を害そうと思うかや?」
くすくすと笑い、ケイが付け加える。
「その程度の頭もないような低脳な雑魚であれば、そなたらの実力なら赤子の手をひねるより簡単に撃退できよう」
おおよそトレントの宿場ほど不運だった町はないだろう。
リントライト王国の王都ガラングランと交易都市ガイリアのほぼ中間地点に位置し、交通の要衝として隆盛を極めた。駅馬車の中継地でもあったため、一日に発着する馬車は、百を超えたのである。
しかし、数年前の大雨で主街道の一部が崩落したため、旅人は迂回路を使うようになった。
その迂回路はトレントを中継しないため、一気に廃れることとなる。
もちろんそれは一時のことで、主街道が復旧したらかつての賑わいが戻るだろうと考えられたし、町の有力者たちも投資を惜しまなかった。
実際、迂回路を使用した場合は最低でも二日ロスすることになるから、リントライト王国としても復旧を急いだのである。
具体的には監獄に繋がれている囚人たちを総動員して、昼夜を問わず作業に当たらせたりだ。結果、五百人以上が過労死や事故死したが、そこはべつに数える必要のない数字である。
ひとたび監獄に繋がれれば、そこで死ぬか作業して死ぬかの未来しかないので、たいした違いではないからだ。
ともあれ、一年という短期間で主街道は復旧に至る。
至るのだが、同じタイミングでリントライト王国が滅亡してしまい、ガラングランに至るルート、というもの自体の価値がほとんどなくなってしまった。
ようするにトレントからの投資は回収の見込みがないまま焦げ付いてしまったのである。
「どこなんですかね。ここは」
やれやれとシッファが両手を広げる。
目の前に広がるのは、世界に、時代に取り残されたトレントのはずだった。
ちゃんとした街壁と街門を備えている宿場とやらが存在するなら、であるが。
「やはりこうなっていたのう」
小さな手を形の良い下顎に当てるケイ。
「姫様は判っていたんですか?」
「確証があったわけではないがの。リントライトの崩壊によって、監獄に繋がれていた囚人どもがどうなったのだろうと考えておったのじゃ」
メリスの問いに応える。
リントライト王国の監獄には単純な刑事犯よりも政治犯が多いのだという話を、ケイはキリルから聞いていた。
それだけ政情が不安定だったのだと。
「そういう連中がどこに行くのかと考えれば、答えは梁山泊となろうよ」
「……なんです? それ」
「行き場のないものどもが集い、世直しのための根城とする場所じゃ」
にやりと笑う。
さすがに説明が雑すぎるかな、と。
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