第14話 愛すべき頑固じじい
「息災だったか、お母さん」
「クリストフさまもお元気そうで何よりです」
再会を喜び抱擁を交わす。
元気そうって言ったけど、もう八十代も半ばだからね。奇跡的な長寿だけど、いつ何があってもおかしくない年齢なんだ。
生きているうちにまた会えて良かったよ。
「即位式典に顔を出せなくて悪かったな。行くといったら、部下たちが縛ってでもお止めするとか脅すのだ」
「遠いですからね。仕方ないですって」
笑い合う。
部下の気持ちも判るというものだ。フロートトレインがあるわけじゃないんだから馬車の旅だもの。
一ヶ月以上かかるんだよ。ご老体にはきつすぎるでしょう。
いくら元気でもね。
「じつはいまはガイリア王としてではなく、『希望』のライオネルとして動いてまして」
「冒険者登録は抹消したのだろう? 闇冒険者だな。闇の希望だ」
自分で言った冗談が気に入ったのか呵々大笑する。
闇なのか、光なのか、どっちなんだよ。
「あるいは、フォリスタの件か」
そしてすっと表情を改めた。
「さすが鋭いですね。ピリムさまに頼まれまして、フォリスタの民心を安定させようと思っています」
「我が軍の兵どもに投石する子供までいたそうじゃ。状況は厳しいぞ、お母さん」
そこまで根深いか。
厳しいな。
スペンシル軍を率いるハサール卿もザッシマ卿も立派な人物だし、兵たちは堅忍不抜で統制もしっかりとれている。
けど、人間の集団には違いないからね。
自分たちに罵声を浴びせ、石を投げてくるような連中を助けることに徒労を感じないはずがない。
いずれ刃傷沙汰に発展するだろう。
そうなったらスペンシルもインゴルスタもフォリスタから手を引く。
見捨てられたフォリスタに待っているのは、かつてのガラングランのような無法地帯という未来だけだ。
「なんでその程度のことが判らないんでしょう?」
こてんと首をかしげるミリアリア。
グリンウッド軍は消滅してしまい、もはやフォリスタの民を守ることはできない。
つまり無法者たちの楽園だ。なにをやっても取り締まられないんだもの。
ガラングランなんて人身売買までおこなわれていたんだぜ。
「人間、先がどうなるかって案外考えないんだよな」
俺はため息をついた。
テーブルの端にカップが置いてあったら、ぶつかったら落ちちゃうんじゃないかなって誰でも考えるだろ?
これを類推っていうんだけど、どういうわけが自分自身の未来に関してこいつが働かない人が一定数いる。
まあ、目端の利いた人はとっくにフォリスタを捨てて、よそに移住しちゃってるだろうから、いま残っているのは、その流れに乗れなかった人と、本当に行く場所がない人ばかり。
賢い選択をしなかった、またはできなかった人たちだ。
「逆に面倒ですね。利益や打算で動かないとなると」
「だから、儂らからの支援物資を受け取りながら舌を出す、という矛盾した行動をとるんじゃ、ミリアリアや」
孫娘に向けるような、やさしい目で語るクリストフだった。
本当は、スペンシルにしてもインゴルスタにしても、フォリスタの民を助けてやる義理はまったくない。
スペンシルにしてみれば、勝手に侵攻してきて勝手に滅んだバカってことになる。インゴルスタからみたら、女王を監禁した憎き敵だ。
フォリスタの民が餓死しようが凍死しようが痛痒を感じない。
だけど、両国の王様は徳が高いからね。
敵国の民なんかどうなってもいいや、とは考えないんだ。
ただ、それにしたって限度というものがある。物資はともかくとして、兵士に犠牲が出たら、ためらわず手を引くだろう。
「つまり、良心的でいられる範囲においては良心的だってことなんだ」
「氷の上に立ってるみたいに危なっかしいスね。それ」
「ああ、メグは本質を突いたな。善意の支援がないと立ち行かない状態なのに、その善意をむげにしているんだ」
「どうするんスか? オレには正直、解決策が見えないス」
どうにもならねぇスと両手を広げるメグ。
その通り。
インゴルスタ軍とスペンシル軍が救いの手を差し伸べる限りどうにもならないのである。
憎しみからスタートしちゃってるからね。
「でも、軍なんか関係ない人がやったならどうかな?」
「……なある、それでこの商会ってことスか」
シニカルに笑ったメグが見上げるのは、ランブル商会の建物だ。
スペンシルの街に店を構える、ランクとしては中堅どころの商会である。
俺たち『希望』には、違う言い方の方がわかりやすいかな。
メアリー夫人の娘婿が営む商会、とね。
「シーリスさん。ご無沙汰でした」
「先触れを受け取ったときは我が耳を疑いました。まさか本当にライオネル陛下がお運びになるとは」
平伏しようとするシーリスとランブルに、冒険者として訪ねているので礼は不要と告げる。
シーリスは俺より三つばかり年上で、メアリー夫人の面影がちょっとだけある。ややつり目がちな青い目がすごく気が強そう。
そしてご主人のランブルは、すごく落ち着いた感じだ。
あのメアリー夫人が愛娘を託すに足りると思った人物だというだけでも、俺の中での評価はかなり高い。
「じつは、頼み事がありましてね」
応接室のソファに腰を落ち着け、俺は口を開いた。
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