王妹殿下と北の戦士 3
アメニ付近の鉱山というのは、ミルクロム山にある。
周囲は鬱蒼とした森で、鉱山に通じる道があるだけでそれ以外の整備されていない。
「敵はもう気づいているでしょうね。姫様」
輿の上に座るケイにメリスが話しかけた。
先の配線の雪辱を果たしたがっている彼の小隊と、新進気鋭と噂されるサイファ小隊が、今回ケイの指揮下に入っている。
「堂々と進軍してるでな。これで気づいてもらえねば、軍楽隊に伴奏させねばなるまいよ」
兄王ライオネルの妃の一人であるユウギリからもらった扇子を振って笑う。
乗馬していないのは身体が小さすぎて軍馬に乗れないから、武器を身につけていないのは重くて持てないから。
ユウギリほどではないが、かつては弓の名手として鳴らしたのにと、ちょっとさみしがったものである。
「そろそろミルクロムの森ですね。姫殿下」
サイファの言葉だ。
金髪緑目の若者で、なんとまだ十八歳。
ガイリア王国軍で最も若い士官である。とびきり優秀なのは間違いないのだが、どの上役も使いあぐねている。
彼の責任ではまったくなく、出自が問題なのだ。
サイファのフルネームは、サイファ・カイトスといって、大将軍ガドミール・カイトスは彼の父親である。
これを使いにくくないと思う人間は、いるかもしれないがかなり少数派だろう。
軽く頷いたケイが油断なく周囲を観察する。
「……ここじゃな」
呟いた瞬間。
森の中から矢が放たれる。まるで野鳥の群れが羽ばたくように。
「「防御姿勢!」」
メリスとサイファの声が重なり、大盾を構えた重装歩兵が前面に並ぶ。
そこに一の矢が到達する。
豪雨のような音を立て。
しかし音ほどの損害はない。彼我の距離がまだ遠くすべて盾で防がれているからだ。
「どうします? 姫様」
「ただの牽制じゃよ、こんなものは。焦って動く必要はない。待っていれば勝手に相手がじれるじゃろう」
メリスの問いに扇子を振りながら応える。
「射程に入ったらすぐに攻撃。これで相手の意図はある程度わかるしのう」
「というと?」
興味津々で尋ねるのはサイファだ。
「測っているのじゃよ」
もちろんケイはきちんと説明するつもりである。
効果の薄い攻撃でおたつくか否か。
おたつかなかったとして、次にどういう行動を取るか。
寡兵と侮って突撃するか。
それとも、次の手を見極めようとするか。
「ようするに、どう行動するで我らの戦術能力が読めるわけじゃ」
「なるほど……では我が軍が動かなければ」
「敵は、いつまでもこちらの戦術構想が見えないわけじゃな」
ばんと扇子を開き森を指す。
「さても主導権はまだ汝らにあるぞ。いかに動く?」
第二射はなかった。
暗く深い森は、不気味なほどに静まりかえっている。
「しかしの、静かな森などというものは存在せぬものじゃ」
昼だろうと夜だろうと活動している虫や動物がいる。それが聞こえないということは、敵が息を殺して潜んでいるという証拠だ。
「このまま放っておいたら、焦れて飛び出してきそうですね」
「しかしそれでは芸がなさ過ぎるの。少しばかり嫌がらせをしてやろうかの」
ケイがシッファに耳打ちする。
やがて重装歩兵が盾をかざしたままゆっくりと前進し、その後ろから弓兵隊がばらばらと矢を射かけた。
もし重装歩兵の圧力に怖じ気づいて撃ち返してしまったら場所がしれてしまう。
それは、ガイリア軍が姿を晒しているのに対して山賊は身を隠している、という優位性を自ら捨ててしまう行為だ。
しかし待っていたところで状況が良くなるわけではない。
隠れていてもいずれ当たってしまうかもしれない。
あぶり出されるか、位置が知れてしまうことを承知で反撃に転じるか。
「我が敵の指揮官なら、ここは後退じゃな。無理をする局面ではないからの」
「殿下と同じレベルで見える敵ですか? そんなのが在野にいますか?」
「そうかの? いるみたいじゃよ?」
ケイの言葉と同時に森が動いた。
ざわざわという音が遠ざかっていく。
重装歩兵が二十歩も進まないうちに後退を始めたのである。
「まさか……殿下の意図を読んだのですか? そんなことが……」
「なかなかやるではないか。メリスや、先の戦い、お主はとっとと撤退を決めて正解じゃったの。これは並々ならぬ相手じゃぞ」
シッファの言葉に頷き、メリスに視線を向けるケイ。
恐縮したように、兄王と同年の小隊長が頭を下げた。
「どうします? 姫殿下。追いますか?」
「いや、サイファ。せっかくじゃから、とことんまで相手が嫌がることをしてやろう。野営の準備じゃ」
たのしそうに言って、顔の下半分を扇子で隠す。
「夜襲を誘うということですか?」
「夜襲などないじゃろ」
「どうして判るんです?」
「我が敵の将なら、この状況に勝ち筋が見いだせぬ。ゆえに撤退か降伏かを思案するじゃろう」
能力が互角ならどちらが勝つか判らない。
しかし自分には半分の兵しかいなかったら?
「そういう話なのじゃよ」
くつくつと笑うケイに、シッファ、メリス、サイファの三人は顔を見合わせた。
自分以外の瞳から「この幼女、怖すぎる」という感情を読み取りながら。
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