第339話 狂気の洗礼
さながらゆで卵の殻のようにひび割れ、岩石の表層部が地面に落ちていく。
「にげて! 皆さん逃げてください!!」
普段の淑女ぶりを遙か彼方に放りだし、メイシャが叫んだ
次の瞬間、岩が立ち上がった。
わけのわからない表現だけど、そうとしか表現できない。
無数の昆虫とも獣とも人ともつかない足が生え、ぐいっと岩を持ち上げる。
これだけでも現実離れしているのに、無数の目がひび割れた岩の隙間からぎょろりと覗けば、悪夢の苗床といってもいい。
「こいつは……」
こみあげる吐き気をこらえながらつぶやく。
俺はその程度だったが、周囲にいた魔法使いたちはパニックになった。
金切り声を上げてうずくまるもの、何を考えているのか自分の目に指を突っ込んで目玉をえぐり出してしまうもの、よだれと涙をまき散らして踊り狂うもの。
意味不明すぎる光景である。
「まままままままマジックミサイル!!」
調子の狂ったミリアリアの詠唱とともに、無数の光弾が宙に現れては、適当な方向に飛んでいく。
狙いすらつけられてない。
岩に当たるものもあれば、地面をうがつもの、人間に当たっちゃうものもある。
「おいミリアリア!」
「ネルママ、一時的な狂気状態ですわ。慈愛の光よ」
意味不明なことをブツブツ言っているミリアリアをメイシャが抱きしめれば、柔らかな光がふたりを包む。
「至高神様からのお言葉を伝えますわ。ネルママ」
「悪い予感しかしないが、聞くしかないだろうな」
「アザトースの一部を取りこぼしてしまった。処理を頼む。だそうですわ」
「……簡単にいってくれるなよ」
本当に、そうじゃなければいいってことばっかり起きるよね。
予想はしていたけどさ。
この化け物がアザトースの一部ってかい。
そしてそいつを処理、つまり倒せってかい。
うちのカミサマ、ちょっと無茶すぎませんかねえ。
姿を見ただけで魔術協会の魔法使いたちがおかしくなっていくような相手なんだぞ。どうやって戦えっていうんだよ。
「でも、やるしかないんだろ?」
「はい。ネルママならやれると至高神様がおっしゃっていました」
君ならできる。
大昔から変わらない殺し文句だ。
こいつ信じて、何人の英雄が破滅していったことか。
まあ、俺は英雄でもなんでもないんだけどね。
やるだけのことはやってみるさ。
「うまくいかなくても恨んでくれるなよって、伝えておいてくれ」
「さすがネルママ。至高神様も苦笑いですわ」
とにかく、アザトースの周囲から人を引き離さないといけない。
悪魔と戦うときの大前提だ。
大人数で囲むって作戦がとれないのである。
恐怖や絶望を感じる人間が一人でもいたら、それが悪魔のエネルギーになってしまうし、そういうのってどんどん伝播するからね。
あるいは、悪神アエーシュマや邪神ガダノトーアみたいに、周囲から強制的に生命力を奪うっていうとんでもないことをやるやつもいる。
数をそろえるのが大前提の人間同士の戦いとは、本質的にやり方が異なるんだ。
そもそも、悪魔は人間よりずっと強い。
百倍千倍あたりまえってほど違う。
なのに、ごく少数のものすごい強いやつらが、統一指揮のもと、高度に連携しながら、最も効率的な戦いを、いっさいの恐怖や絶望を感じることなく繰り広げなくてはいけない。
アホかって条件だろ?
普通はこんな条件、満たせるはずがないんだよ。
そんな強いやつらは我が強いに決まっていて、誰かの指示で動くなんてプライドが許さないだろうし、そもそもそのくらい強かったら連携なんてとらない。自分一人で解決しようとしてしまうもんだ。
指示出し役は戦う人から絶対の信頼を寄せられていて、指示に従うことに毛ほどの疑問を抱かれない。
そんな話、普通は存在しない。
『希望』を除いては。
俺たちが多くの悪魔に勝利してきた理由は、なによりも連携力である。
アスカの堯勇を活かすサリエリの活躍があり、うまく罠を張るメグの機転があり、ユウギリの弓矢やミリアリアの魔法が遠距離からバックアップをして、そしてメイシャがいるからみんなが思いきって戦えるのだ。
どれかひとつでも欠けていたら負けていた展開なんか、いくらでもあるだろう。
もちろん俺の指示を信じてくれているってのも大きいよね。
すっと息を吸う。
「総員退避! こいつの相手は『希望』が引き受けた!!」
大声とともに一息に吐き出した。
ぐっと下腹に力を入れ、内心の怯懦を追い出してね。
さて、アスカやサリエリ、メグやユウギリが駆けつけてくれるまで、どうやってしのごうかな。
いま俺の近くにいるのはメイシャとミリアリアだけだから。
ふたりに攻撃が行かないようにしないと。
月光を抜き放つ。
「邪神野郎。俺が相手になってやるぞ」
とりあえず、俺に注意が向くように煽ってみるか。効果があるかわからないけど。
ぱらぱらと岩のかけらを落としながら、アザトースの全身があらわになっていく。
昆虫とも獣とも人間ともつかない手足が無数に、無秩序に突き出した体には、やはり無数の目と口がある。
全体を見れば球形なんだけど、あちこちぽこぼこに、なんの法則性もなく出っ張ったりへこんだりしているから、とにかく気持ち悪いと表現するしかない造形だ。
その無数の目が、ぎょろりと俺に向けられる。
浮かぶのは冷笑か。
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