戦国オカン 8
なにもない白い空間。
俺たちの目の前には、ヒノモト貴族のようなきらびやかな衣装をまとった女性がいる。
そして人間ではないことを、みんな本能的に悟ったのだろう。
サムライたちとユウギリは両膝を地面とおぼしきところにつき、俺たちは片膝をついて頭を垂れる。
神前だからね。
「久しいな。ライオネルよ」
投げかけられた声は、やはりアマテラスのものだ。
「インスマス以来です。ご無沙汰しておりました」
下を向いたまま応える。
ご無沙汰もへったくれも、神様と会う機会なんてないんですけどね。
「今川の者たちよ、我はアマテラスだ」
そして名乗るし。
やめてって。アマテラスくらいの神族になったら名前にすら言霊が乗るんだから。
「ははぁ……」
「ご尊顔を拝し奉り、恐悦至極……」
義元と家康は、なんとか、ぎりぎり言葉を返せたけど他は完全にグロッキーだよ。
冷や汗をだらだら流しながら白い地面を見続けるだけだ。
『希望』はまだ比較的馴れてるからマシだけどね。
「まずは此度の位相転移だが、時空震の影響だ」
そんな人間たちの様子にかまうことなく、アマテラスが事情を説明してくれる。
なんか、ちょっとやばいレベルの邪神が目覚めちゃって、神々の戦いが勃発したんだそうだ。
その余波で、俺たちが至高神の統べる世界からアマテラスが統べる世界に位相転移してしまったらしい。
「なんで俺たちが……」
「ただの偶然なのだが、我と至高神の双方に縁が深かったから巻き込まれた、ということなのだろう」
ひどい理屈である。
巻き込まれ体質みたいに言わないで欲しい。
「戻してもらえるんですよね?」
「無論だ、跳んだ時間に戻す。が」
「が?」
「汝がこの世界にきて半年も経っていないのだぞ。どうしてこんなに歴史を変えまくってるんだ?」
すっごく、すっごく半眼で見られている気がする。
目線は下げたままだから見えないんだけどね。
「本当にな。この母さんは一刻もじっとしていられないのか」
「アマテラス様まで母親あつかいやめてほしいのですが……」
「あぁん?」
「いえ。任せます。いっさい任せます」
やっばい。
女神に凄まれたよ。
怖い。
「ともあれ、今川義元よ」
「は」
「汝は本来、桶狭間で織田信長の奇襲に遭い、死ぬはずだった」
「なんと……」
さすがに義元も驚いている。
ということは、信長が天下を取るのが本来の歴史だったのかしら?
そこまで有能な人には見えなかったけど。
どっちかっていうと義元の包容力や柔軟さの方が天下を統べるにふさわしいかな。そしてそれ以上に家康だ。
義元を十としたら、五十くらいの才能があるように思える。
ちらりと家康をみると、アマテラスが微笑したような気がした。
「さすがだな母さん。天下人になったのは家康だよ」
「!?」
さすがにその結末には全員が目を見張る。
どういうプロセスをたどればそうなるのだろう。
「義元が信長に討たれ、信長も道半ばに倒れ、後を継いだ秀吉という男から、最終的に家康がすべて奪い取る」
「聞いたことのない名前が挟まりましたね」
「そやつも桶狭間で死んだから、もうどうでもいい話だがな」
投げやりに言って、アマテラスは家康を睥睨した。
「仕方がないので途中経過はすべて省いて、汝が天下人となるがよい。家康よ」
「そんな無茶苦茶な……」
「我が至高神から母さんたちを借り受けて遣わせた、という汝の設定でいけ」
「げ……」
家康くん、恐縮しまくりである。
バレてるね。全部バレてるね。
それから視線を義元に向けた。
「そして義元が生きていると、なにかと都合が悪い」
「余……いえ、拙者は殺されるのでしょうか?」
無念そうな義元だ。
いま天下に手が届いたのに、それは本来の歴史ではないって言われちゃうんだもん。
これで悔しくなかったら嘘だよ。
「死なれるのも都合が悪いので、母さんたちの世界に行かぬか?」
昇神したという名目で。
天照大神の使徒である『希望』の力を借りて天下を手中におさめた義元は、後事を家康に託して神界へと旅立つ、というストーリーラインだ。
かなり強引だが筋は通る、かな。
「つまりお館様はこれからもネルたちといられるということですか? いいなあ、俺そっち側がいいです」
ぬけぬけと家康が言うけど、すげなく却下される。
彼はこのあと、ニッコウという土地に巨大な神社を建立し、アマテラスの使徒たちを奉らなくてはならない。
で、天寿を全うしたら彼自身も昇神するのだと民草に信じさせる。
それがアマテラスから授かった使命だ。
「つまり、奪うための戦いではなく守るための戦いをせよということですね」
呟くようにいって、大きく息を吐く。
そして家康は俺に向きなおった。
「……お別れだな、ネル。千年……とまではいかなくても二百年や三百年くらいの平和で豊かな時代は作ってみせるよ」
「お前ならきっとできるさ、イエヤス」
差し出された右手を固く握り返す。
サリエリは家康のことを軍師の天賦をもっているかもしれないと言っていたけど、俺は英雄だと思う。
ヒノモトの地に、きっと長く語り継がれる英雄だ。
その活躍を見ていたいとも思うけど、俺たちの道は交わっていないんだよな。
「元気でな」
「ネルも」
左手で肩をたたき合った。
その瞬間である。
世界に光が溢れ始めた。
自分のベッドで目を醒ました。
眠りについたときと同じ服装。いままでの出来事がまるで夢だったように。
「本当に同じ時間に戻されたのか」
これで俺しかヒノモトのことを憶えていなかったら、本当に夢か幻ということになるな。
苦笑しながらリビングへと移動する。
娘たちが起き出してきたら、全員の記憶をすりあわせてこの半年分の出来事を確認しようと思って。
けど、それよりも先に俺の目は異常なものを捉えていた。
十才くらいのヒノモト人の少女が、リビングのソファに座っていたのである。
「先ほどぶりだな。ライオネル」
「……ヨシモト卿……?」
「ああ。位相転移とやらのときに、おなごにされた。しかもこのような幼子にな」
はぁぁぁ、と、でっかいため息だ。
とはいえ、そんなに絶望もしていなさそうにみえる。
「生き直しと思うことにしたよ」
本来であれば桶狭間で死んでいた。
それが生きながらえ、天下に手が届いたかと思ったら異世界に転移である。
荒唐無稽すぎて表現のしようがないが、だからこそ人生は面白いと思うことにしたと義元が笑う。
「ただ、このナリで義元という名前はないだろうからな。母の名前をとって寿桂……ケイと名乗ることにしよう」
大度だし順応も早い。女の子にされちゃったことをまったく気にしていない感じだね。
「行くアテもないゆえ、『希望』で養ってくれ」
「それはもちろんかまいませんが」
「おっと、子供相手に丁寧になりすぎるとおかしいからな。普通にしてほしい」
「わかり……わかったよ、ケイ」
「ただ、まだ子供の身体ゆえ、すぐにそなたの側室になるというわけにはいかぬぞ」
「……ちょっと、待ってくれるか」
もしかして義元って、アスカたちはみんな俺の愛人かなんかだと思ってた
の?
あんまりじゃね?
そして、自分も最終的には愛人になるって口ぶりだよね。
ひどすぎね?
どうやって誤解を解こう。
どうやって説得しよう。
なんか、百万の大軍を相手にするより大変そうだ。
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