第330話 天高く舞う鳥のように
一月近い旅をして、セルリカの帝都ラキョーに戻る。
途中、宿場ごとにメイシャが名物を食い倒れしたり、エゾンでブヨウとの再会を楽しんだりしたけど、おおむねトラブルもなく到着することができた。
むしろ驚きは、ラキョーに着いてからである。
「ふおおおっ! 生まれたんだねー!」
出迎えてくれたシュクケイ夫妻、コウギョクの腕の中で眠る赤子を見てアスカが奇声を発した。
騒ぐなって。起きちゃうでしょ。
「死ぬかと思ったよ。幾多の戦場を歩いてきたけど、本気で死を覚悟したのはこれが初めてね」
コウギョクが笑う。
出産ってのは命がけだっていうもんな。
実際に命を落としちゃう人もいるし。
本当、世のお母さんたちはたいしたものだよ。
比較したら、俺なんて母ちゃんでもなんでもないな。
みんな、世の中のお母さんたちに失礼だから、もう俺のことをお母さんって呼んじゃダメだぞ。
「わかったよ。母上」
「息をするように内心を読んだあげく、わざわざ呼ぶのはどういう了見なんですかね。シュクケイどの」
冗談口をたたき合って軽く抱擁を交わす。
「ランズフェローはひとつになりました。ここから先はシュクケイどのの仕事ですよ」
「さすがの手腕。感服の極みだよ」
「俺の手柄ではなく、それに見合う人物がいたってだけなんですけどね」
「ふむ。ということは『希望』の報酬は必要ない、と」
「それはそれ、これはこれ」
肩を組み、シュクケイの豪壮な屋敷の中へと入っていく。
後ろから女性陣のため息が聞こえた。
「ほんっともう! いつもいつも男同士でいちゃいちゃと!」
「良いですよアスカ。私たちは赤ちゃんを愛でさせてもらいましょう」
「そうですわ。ネルママより赤ちゃんの方が大事ですわ」
なんか言ってるけど聞こえないもーん。
知らないもーん。
「明日にでもマスルに魔導通信を送る。数日後にはリアクターシップが迎えにくるだろう」
「それに乗ってとっとと帰れってことですね」
「帰らないでセルリカに出仕するって手もあるぞ。母上には副宰相の地位を用意しよう」
「皇帝でもない人が人事権をもてあそんでる。怖い」
笑いながら酒を酌み交わす。
もちろんすべて冗談の範囲だ。
俺はセルリカに出仕するつもりはないし、シュクケイも雇い入れるつもりはないだろう。
龍珠だとか鳳翼だとか与太話でも呼ばれる軍師が揃ってしまったら、間違いなく派閥が生まれる。
国を岩に例えるとしたら派閥ってのは、岩に入ったクラックなんだ。
どんなにかったい花崗岩だって、そこからあっさり割れてしまう。
吟遊詩人のサーガじゃないけど、友の危機には飛んでくる翼ってのが最も安全な立ち位置だ。
「そういえばシュクケイどの。お子さんの名前は決まっているんですか?」
空になった酒杯に酒を注ぎつつ訊ねてみる。
「ヒチョウと名付けた。シュク・ヒチョウだな」
空を飛ぶ鳥のという意味で、どこまだも高く舞い上がって欲しいという願いを込めたそうだ。
「ちなみに、母上のところのアスカも同じ意味だぞ。ランズフェローの言葉で」
「そうなんですか?」
こういう文字を書く、と、飛鳥というランズフェロー文字を懐紙に書いて見せてくれる。
ふむ。複雑な記号にしか見えないけど、文字なんだよな。
「いわれてみると、呼びやすそうでしたね。アスカのことは」
ランズフェローにもある言葉だったんだね。
「もしかしたら、ランズフェローに縁があるかもしれないぞ」
「いやあ、それはどうでしょう」
アスカも俺と同じ孤児だ。
名前は孤児院でつけられた可能性が高い。たまたま施設の人がランズフェローの言葉をひとつふたつ知っていただけ、というのも充分にあり得る。
産着に名前が書いてあったりしたら話は別だけどね。
その場合だったら、もしかしてランズフェローに縁のある人が捨てたって目も出てくる。
「調べてみないのか?」
「調べてどうするんだって話ですしね。親が判ったところで、なぜ自分を捨てたのか問い詰めることくらいしかできませんし」
あまりに不毛すぎるだろう。
親の側にどんな事情があったか知らないが、それで捨てられたって事実が消えるわけじゃない。
……許せるわけでもない。
「埒もないことを訊いたな。許してくれるとありがたい」
「もちろん、アスカ自身が生みの親のことを知りたいと願うなら手伝いますけどね」
俺は肩をすくめてみせる。
強く勧めはしませんがねと付け加えて。
俺の酒杯にシュクケイが酒を注ぐ。
なにも言わずに。
彼自身は裕福な家庭に育ち、金銭的な苦労をしたことがないというのが罪悪感になってしまうのだろう。
俺はシュクケイの表情をみてくすりと笑い、笑い話に変えることにした。
「あと、美人で自分のことを一途に想ってくれる幼なじみがいるってのも、ついでに罪悪感になってください」
「そこは関係なくないか?」
「大ありですよ。たぶん世の男性の八割は、そっちをうらやましがります」
「母上こそ、美女たちに囲まれているじゃないか」
「シュクケイどのは判っていない。俺をうらやんでる男なんてガイリアシティに一人もいないんですよ?」
おもわず半眼になってしまった。
むしろいつも同情の目に見られるんだよ。
哀しいでしょ?
つらいでしょ?
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