閑話 東へ、みたび
東大陸で最大の国であるセルリカ皇国と中央大陸の雄マスル王国には、じつは国交がない。
そう複雑な理由があるわけではなく、どちらも大国ゆえに簡単に国交樹立というわけにはいかないのである。
「そういうものですか? ケンカするより仲良くする方が簡単だとおもいますけど?」
「個人レベルならたしかにそうさ」
ミリアリアが首をかしげ、ライオネルは苦笑を浮かべたまま肩をすくめた。
国とは巨大な魔導人形のようなもの。その一撃は強く重いが、急な方向転換はできない。まして走ったりしたら、自重で足が折れてしまう。
友好条約を結ぶには内外の意見調節を慎重におこなう必要がある。
本当に慎重に。
慎重に慎重を重ねた結果、現状維持のままということも珍しくはないほどだ。
「実際、マスルとセルリカの貿易が本格化したら、四ヶ国同盟の他の国だって虚心ではいられないしな」
セルリカの国力はマスルのそれと遜色ない。
ということはガイリアのもっている、第一の友人という立場が殆くなってしまう。
「それなのに諸手を挙げて歓迎するとしたら、ロスカンドロス陛下はさすがにお気楽すぎるだろうよ」
「なるほど……いろいろな思惑が絡むわけですね。めんどくさいです」
目の前の依頼を片付けていれば良い冒険者でいた方がずっと気楽だ。なのに希望ときたら政治の表舞台に引っ張り出されすぎている。
「面倒だろ。ついに勅使までやらされるんだから、まいっちまうよな」
「その割にはそんなに暗い顔じゃないですよね? 母さん」
「久しぶりにシュクケイどのに会うのが楽しみだってのがひとつ。これでいつぞやの借りが返せるなってのかもうひとつだな」
「母さんを助けるためにお世話になりましたからね。当の母さんは、マスカレード軍師なんて名乗って遊んでましたけど」
うすくミリアリアが笑う。
幾分かの苦みを帯びた笑みだ。
あのときライオネルを誘拐したのはルターニャだった。
救出のために希望の娘たちは持っているコネクションを全部使って走り回ったのだが、なんとライオネルはルターニャの元首であるタティアナと意気投合し、彼の都市国家を助けていた。
ひどい変名を使って。
結果としてミリアリアたちが助けを求めたシュクケイが到着したことで、進行してきたダガン帝国を打ち負かすことに成功したのである。
だが、そのルターニャもタティアナも、もはやこの世には存在しない。
大陸一の兵という伝説だけを残して消滅してしまった。
「知己を失うのは、なかなか馴れませんね」
「馴れることも、快感に変わることもないさ。けど、それでも生きていかなきゃならん。いつか死者と合流したとき、笑って思い出話ができるようにな」
なんだか説教臭いことを言って微笑するライオネル。
自分自身に言っているのかな、と、ミリアリアは思った。
だから、
「そうですね」
と、無難に返しただけである。
ライオネルが魔王イングラルに依頼されたのは、勅使としてセルリカに赴くことだった。
勅使というのは全権代理であり、一介の冒険者に頼むようなものではまったくない。
まったくないが、『希望』ライオネルが勅使となることに反対したマスルの大臣はいなかったし、将軍たちは積極的に賛成していたほどである。
あいつ以上の適任者はいないだろう、と。
というのも、セルリカが現在の大セルリカ皇国と呼ばれるほどの発展を遂げた陰の立て役者がライオネルだからだ。
公式に語られているのは、放逐された軍師シュクケイが女英雄コウギョクとともに不正をただし、君側の奸を討っていった。
それに感動した皇帝リセイミが、シュクケイを宰相に、コウギョクを大将軍に任じて皇国の差配を任せたことで急速に国は発展した、ということになっている。
大セルリカを支える大将軍と宰相、そして彼らを信じて託す皇帝の度量。
これらは疑いのない事実である。
しかし、ひろく世界中に流布し、セルリカの民たちが愛している叙事詩のタイトルは『軍師二人』。
シュクケイとライオネル、ふたりの軍師が仲間たちとともに貪官汚吏どもをバッタバッタとなぎ倒していく痛快活劇だ。
集う仲間として描かれるのは二十二人もいて、シュクケイとライオネルを合わせて二十四星という異称を奉られ、絵姿なども売られて人気を博している。
まあ、あきらかに創作の忍者ハンゾウや黒騎士ダルファなる人物も混じっていて、とうのシュクケイやコウギョクなどは吟遊詩人の歌をきいたとき、あんぐりと口を開いたものである。
ともあれ、荒唐無稽なサーガではあるが、ライオネルたち『希望』がシュクケイに力を貸していたのは事実だ。
「俺がいなくても、シュクケイどのならセルリカの憂いを払うことができただろうよ」
とはライオネルの言葉であるが、彼がいたことでそれがずっとずっと早まったことは事実だし、救われた民草がたくさんいたことも事実だ。
つまりセルリカはライオネルに借りがある。
なにか要求するにせよ、しないにせよ、これほど勅使に向いた人間はいないだろう。
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