第287話 カランビット迷宮
稜線が明るさを増し、気の早い鶏が鳴き始める。
ガイリアシティからほど近い草原。
ご、ご、ご、と腹に響く震動とともに地面が盛り上がり、ダンジョンの入り口が姿を現していく。
なんというか、想像の外側にある光景を、俺たちは声もなく見守っていた。
夜明けとともにダンジョンが生まれる。
「こんなの、他人に言っても信じてもらえないよね! 母ちゃん!」
「まったくだな。目の前で起こっているのに夢でも見ている気分だよ」
興奮を隠せないアスカに俺は頷いてみせた。
こんなシーンを目撃するなんて、人生って本当にどんなことでも起きるもんだなぁ。
ただ、目撃者自体はそんなに多くない。
百人いるかいないかってところだろう。
なんか一万人以上集まって、ものすごい大騒ぎだったのに、ほとんどは夜明けを前に力尽きてしまった。
何やってんだって話である。
本番はこれからだろうに。
「といっても、徹夜明けでダンジョンアタックというのもアレですけどね」
「本格的な探索なんてできるわけがないスよ。地図作りを兼ねて少し散歩するって感じスかね」
ミリアリアとメグの会話だ。
なにしろ、まったくなんの情報もないダンジョンなのである。
最初に入るというのは、けっこう勇気がいるだろう。
「ですが、だからこそ他人には譲れないという方々もいらっしゃいますわ」
「夜半より前に帰宅されてましたからね。準備万端整えたのでしょう」
メイシャの指し示す方を見て、ユウギリが笑っている。
『固ゆで野郎』の連中だ。
団員百名を超える大所帯だが、エース級の連中は宴会を中座したらしい。
もちろんゆっくり眠ってダンジョンアタックに備えるために。
こういうときに対抗馬になる『葬儀屋』は不参加を決め込んで、やっぱり大宴会を切り上げてしまった。
まあ、西大陸でいろいろやってきたばっかりだしね。
疲れてるだろう。
いるのは『山猫』とか『御意見無用』の連中だね。
少人数のクランやソロたちの姿は見えないっぽい。
もうちょっと『カランビット迷宮』のことが判ってから乗り出す感じかな。
焦っても仕方ないってのも事実だしね。
「初物を狙うぅなんてぇ、むしろリアリストじゃないのぉ」
「どっちかっていうとロマンチストだな」
のへーっと論評するサリエリの意見は一理ある。
というより、至極もっともだ。
情報もなく突っ込むなんて、バカのやることである。
「だけど、挑んでみたいじゃないか。冒険者なんだから」
「深淵に招かれるってやつだねぃ」
充分な金があり、生活にも困っていないのに、ダンジョンに潜ることをやめられない冒険者たちを皮肉っていう言葉だ。
生きるか死ぬかのスリルが、伸るか反るかの大ばくちが、好きで好きでたまらないのである。
あれを知っちゃったら、たしかに普通の生活なんかぬるま湯なんだよね。
だって失敗しても死なないんだもん。
「一応、方針としてはマッピングしながら広間をを目指すって感じで」
俺の言葉に仲間たちが頷く。
あくまでも一般的に、という前提だけど、十階層ごとにホールがあることが多い。
そしてそこには、強力なモンスターが陣取る。
理由は判らないけど、モンスターにとって住みやすいってことなのかもしれない。
いつだったか、『ラクリスの迷宮』の十階にキマイラが棲みついちゃって、えらい難儀したことがあった。
普通にヤバかったよね。
ホールなんて呼ばれたって、大草原ってわけじゃない。
大人数で囲んで倒す、なんて手段はとれないんだ。
ということは、キマイラみたいにモンスターをせいぜい五、六人で相手にしないといけないってこと。
「うちと出会う前だっけぇ、よく勝ったねぇ」
「今なら余裕で勝てるよ!」
むっふー! と胸を反らすアスカ。
七宝聖剣を携え、邪神イタクァと一騎打ちを演じた剣客である。天狗になるなという方が無理な話なんだけど、ちょっと油断しすぎだ。
「アスカ。戦場の心得を憶えているか?」
ごくやわらかく俺はたしなめる。
少しだけはっとしたように、アスカがこちらを見た。
「……殺そうと向かってくる相手に弱い奴なんていない。ナイフ一本あれば子供だって大人を殺せる」
自分に言い聞かせるように、胸に手を当てて言う。
「よし。憶えているなら大丈夫だ」
俺は腕を伸ばし、赤い頭をぽんぽんと撫でてやる。
くすぐったそうにアスカが目を細めた。
油断から命を落とした英傑のなんと多いことか。
強くなればなるほど、人間というのは慢心してしまうのである。
回廊は三人がゆったりと並んで歩ける広さだった。
なので、フォーメーションはいつも通り。
アスカとサリエリが前衛。
やや下がった位置に俺。
その後ろにミリアリア、メイシャ、ユウギリが後衛として並ぶ。
メグは隠形して偵察だ。
後ろの三人を守りつつ、状況によっては前に出るってのが俺の役割なんだけど、最近はめっきりやることがなくなってる。
アスカとサリエリのコンビがピンチになることは滅多にないし、この二人で対応しきれないほどの状況に俺が飛び込んでも、正直いって足を引っ張るだけ。
なので、もっぱら指示出しと、後ろの連中を守ってるだけだね。
つらいぜ。
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