96話 手紙
「あむっ」
アイシャは小さな口をいっぱいにあけて、ハンバーグを食べる。
一口食べるごとに幸せそうな笑みを浮かべて、
「はぁあああ……私の娘、すごくすごくかわいいです……」
ソフィアはとろけるような感じで、親としての幸せに浸っていた。
アイシャを養子に迎えて、早一ヶ月。
僕達は、順調に家族としての絆を育んでいた。
アイシャは僕達にとてもよく懐いてくれて……
そして僕達も、アイシャのことが、以前よりもすごく好きになった。
ソフィアなんて、ものすごい。
こう言うとなんだけど、完全な親ばかだ。
毎日毎日、アイシャを甘やかして、とても幸せそうな笑みを浮かべている。
でも、気持ちはわかる。
よくわかる。
すごいわかる。
だって、アイシャはかわいい。
それに健気で、いつも一生懸命で、真面目で優しくて……
うん、僕も親ばかなのかもしれない。
血は繋がっていない。
本当の娘じゃないって、そう言われることもあるかもしれない。
でも、僕とソフィアはそんなことは気にしない。
アイシャは僕達の娘だ。
そう思っている。
そんな感じで、穏やかで幸せな時間を過ごしていたのだけど……
ずっと続いて欲しいと思う時間は、なかなか長続きしないものだった。
――――――――――
「ソフィアー、あんたに手紙よ」
いつものように冒険を終えて、宿に戻り、家族で一緒にごはんを食べる。
そんな時、リコリスが手紙を手に戻ってきた。
「私に手紙ですか?」
ちょうど食後のデザートを食べ終わったソフィアは、リコリスから手紙を受け取る。
「……っ!」
差出人の名前を見て、険しい顔に。
「どうしたの、ソフィア?」
「おかーさん……怖い顔」
「えっと、その……すみません。予想外の相手からだったので、つい」
「予想外の相手、って? なんか良い感じじゃなさそうだけど、なになに、元カレとか?」
「私は、ずっとフェイト一筋ですよ?」
「ひぃ!?」
リコリスが軽口を叩いて、ソフィアはニッコリと笑う。
ただし、目はまったく笑っていない。
「それで、誰からなの?」
「……お父さまからです」
「ソフィアの?」
それなら、なんで苦い顔をしているのだろう?
不思議に思っていると、ソフィアが事情を説明してくれる。
「お父さまは悪い人ではないのですが、どうも、子離れができないというか束縛が強いというか……私のすることなすこと、全部、反対してくるのです。剣を学ぶと言った時も、どれだけ反対されたか」
「そういえば」
記憶の中にあるおじさんは優しそうな人ではあるのだけど、あれこれとソフィアに注意をしていた覚えがある。
日が暮れる前に帰ること、手は洗うこと、遠くへ行かないこと……などなど。
おとなしそうに見えて、でも活発なソフィアのことだ。
あれこれと束縛されるのは嫌なのだろう。
「今回も、よくないことを押しつけてくるかもしれません」
「うーん」
ソフィアの懸念は理解できるのだけど、でも、その反応はダメだ。
そっと耳打ちする。
「……ソフィア、気持ちはわからないでもないけど、落ち着いて」
「……フェイトは、お父さまの味方なのですか?」
「……違うよ。僕は、ずっとソフィアの味方」
「……はぅ」
「……でも、アイシャの前でそんな態度をしたらダメだよ」
アイシャは本当の両親を失っている。
それなのにソフィアが父親を嫌うような態度を見せたら?
「あ……」
僕の言いたいことを理解してくれたらしく、ソフィアは小さな声をこぼす。
それから軽く深呼吸して、心を落ち着けた。
「ありがとうございます、フェイト」
「ううん、どういたしまして」
よかった。
これで、落ち着いて手紙を読んでくれそうだ。
……なんて思っていたのだけど。
「……はい?」
手紙を開けて、数分。
ソフィアの表情が再び険しくなる。
さきほどの比じゃない。
ハッキリとした怒りが浮かび上がり、手紙を握る手がブルブルと震えている。
殺気に近い怒気があふれだして、近くにいた冒険者が失神していた。
それでもアイシャにその気をぶつけないことは、さすがというべきか。
「えっと……ソフィア?」
これだけ怒るソフィアなんて、久しぶりに見たかもしれない。
シグルド達の事件の後……
話があるからと、どこかへ出かけた時は相当に怒っていた。
あの時に匹敵するくらいの怒りだ。
「おかーさん? どうしたの?」
「……なんでもないですよ。ええ、なんでも」
「?」
どうにかこうにか怒りを我慢して、ソフィアはアイシャの頭を撫でた。
あちらこちらに放出されていた怒気も少しずつ収まる。
「ちょっと、どうしたのよ? そこらの人間が失神してるけど」
「あぁ……やってしまいました。どうしようもなく、果てしなく、限りなくろくでもない内容だったため、つい……」
「ソフィアのお父さんからの手紙なんだよね? それなのにろくでもないって、どういうこと?」
「……先に言っておきたいのですが、私は、フェイト一筋ですからね? 他の男性に惹かれたことなんて一度もないし、ずっとずっと、フェイトだけを想っていましたからね!?」
「う、うん? ありがとう?」
「そのことを念頭に、聞いてほしいのですが……」
ソフィアは深いため息をこぼす。
それから、心底うんざりした様子で言う。
「……手紙の内容は、お父さまが私の婚約者を決めた、というものでした」
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