83話 元Sランク
ドクトルが力強く吠えた。
同時に床を蹴り、突撃。
速い!?
視認できないというほどじゃないけど、気を抜けば見失ってしまいそうだ。
ソフィアに稽古をつけてもらっていなかったら、危なかったかもしれない。
「くっ!」
避けることは難しい。
雪水晶の剣を盾代わりにして、ドクトルの攻撃を受け止める。
ギィンッ!!!
耳に残るような高い音が響いた。
それと同時に、手が痺れ、吹き飛ばされる。
なんていう馬鹿力!
なんとか防ぐことに成功したけれど、完全には無理。
吹き飛ばされて、体勢も崩してしまう。
剣を手放さなかったことは不幸中の幸いと見るべきか。
「もう終わりか!」
「そんなことっ!」
即座に追撃に移るドクトルは、再び、超速の突撃を見せた。
ただ、それは二度目。
同じ動きを即座に繰り返すものだから、ある程度、予測することができた。
横へ転がるようにして回避。
続けて絨毯を掴み、おもいきりまくり上げる。
「むぅ!?」
これは予想外だったらしく、絨毯の上に乗っていたドクトルがわずかにバランスを崩す。
その隙に立ち上がり、剣を構え直す。
「ちょっとちょっと、フェイトってば劣勢じゃない。大丈夫?」
今まで様子を見守っていたリコリスが、ようやく我に返った様子で、慌てて問いかけてきた。
「正直、あまり余裕はないかな……」
「あたしも、なにかしましょうか?」
「ううん。それよりも、リコリスはアイシャの近くにいてあげて。心細いだろうし……それに、いざという時はなんとかしてほしい」
「……ホントに大丈夫?」
「大丈夫だよ」
「……信じたわよ。アイシャのことはあたしに任せて、フェイトは、さっさとアイツを倒しちゃいなさい!」
ふわりと飛んで、リコリスはアイシャのところへ。
そのタイミングで、ドクトルも体勢を立て直した。
「やりますねえ……高い身体能力だけではなくて、とっさの機転もすばらしい。頭の回転も早く、度胸もあり、応用力も高い。ははは、本当に惜しい。ここで殺してしまうのが、とても惜しいですよ」
「あなたの方こそ、そんなに強いなんて驚きだ」
「言っていませんでしたが、これでも、元Sランクの冒険者ですからね。あの剣聖ほどではありませんが、私もそれなりに活躍していたのですよ?」
「だからこそ、最後は自分で戦う……か」
厄介な相手だ。
ソフィアは、僕はSランク相当の実力があると言った。
そして、ドクトルも元Sランク。
実力は同じ……じゃない。
僕は身体能力が優れているだけで、剣の技術、戦闘技術はまだまだ拙い。
対するドクトルは、どちらの技術もかなり鍛えられている。
条件次第では、ソフィアに匹敵するかもしれないほどの強者だ。
身体能力は互角。
技術は相手の方が上。
冷静に状況を分析するのなら、ピンチかもしれない。
それでも。
「今ならまだ、考え直す機会を与えてもいいですが……」
「何度でも言うよ。お断りだね!!!」
今度はこちらから踏み込んだ。
全体重を乗せるようにして、右足を前へ。
そのまま体を傾けるようにして、深く低く駆ける。
傾けた剣を、下から上へ。
半円を描くように振り上げた。
「ほう、これはなかなか」
ドクトルは感心したような声を漏らしつつ、僕の剣を冷静に受け止めてみせた。
そのままカウンターに移ろうとするが、
「させない!」
さらに連続で剣を叩き込む。
技術なんてない、力任せのデタラメな剣技だ。
それでも、威力だけはある。
ドクトルは防御に専念せざるをえなくて、カウンターに移ることができない。
体力はあるから、このまま攻撃を続けることは可能だ。
この勢いで押し切り、勝つとまではいかないものの、ある程度のダメージを与えたい。
そんなことを思うのだけど……しかし、思い通りにならないのが現実というものだ。
「……はははっ」
ドクトルが楽しそうに笑い、
「っ!?」
瞬間、ものすごく嫌な予感がして、僕は攻撃を中断して大きく後ろへ跳んだ。
なんだろう、今のは……?
あのまま攻撃をしていたら、なにもわからないままやられてしまうかのような……
そんな死の予感を覚えた。
「キミは、本当に素晴らしい力を持っているのですね。この私を相手に、持ちこたえるだけではなくて優位に立つとは」
「……負けを認めるのなら、おとなしく投降してくれないかな?」
「まさか。いつ私が負けを認めたと? 負けを認めるべきは、キミの方だ。さあ……最後の警告です。私に降りなさい。でなければ……殺す」
「くっ……」
思わず背中が震えてしまうほどの濃厚な殺気が叩きつけられた。
こんな殺気をまとうことができるなんて、コイツ、本当に人間か?
でも、折れてやるわけにはいかない。
僕だけじゃなくて、アイシャの運命がかかっているんだ。
絶対に負けてやるものか。
言葉を返さずに、代わりに剣を構えてみせた。
「やはり、そうなりますか……惜しいですが、仕方ありませんね。味方になるのなら心強いが、敵になるというのなら、キミはとても厄介な人間だ。ここで確実に殺しておくとしよう」
「できるとでも?」
「ええ、できますとも……この魔剣があればね」
ドクトルは冷たく笑い、今までずっと腰に下げていた、もう一本の剣を抜いた。
その刀身は、闇を凝縮させたかのように黒く。
柄に埋め込まれた宝玉は、血のように赤い。
そして、まとうオーラは死の匂いを濃厚に漂わせていた。
「魔剣ティルフィング……その力、その身を持って味わうがいい!!!」
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