81話 ただの手品
「ほう」
ソフィアの言葉を聞いて、用心棒は唇の端を吊り上げた。
歪な笑み。
その表情からは、自分が絶対的有利に立っているという自信が見えた。
不可視の斬撃。
今のところ、ソフィアは致命傷を受けていないが、それも時間の問題。
この攻撃を避け続けることはできないし、見切ることなんて、もっと不可能。
いずれ、不可視の斬撃の前に倒れる。
そう信じる用心棒は、改めて攻撃に移る。
「お前の番は永遠に訪れない。ずっと、俺が主導権を握る」
用心棒は自信たっぷりに言い、剣を斜めに振る。
速度もキレも大したことはない。
ソフィアは半身にして斬撃を回避。
直後、頭の中で警報が鳴る。
空気の流れに異常。
左右からなにかが迫る。
素早く視線を走らせるものの、やはり、なにも見えない。
これもまた、用心棒の不可視の斬撃なのだろう。
ただし、
「どうということはありませんね」
手品の種を見抜いた今、なにも問題はない。
体をひねり、右からの不可視の斬撃を回避。
続けて、一歩後ろに下がることで、左からの不可視の斬撃を回避した。
「ば、バカな!? 貴様、今のどうやって……」
必殺の攻撃を完全に見切られたことで、用心棒が動揺した。
その様子がおかしくてたまらないというように、ソフィアが笑う。
「不可視の斬撃の正体は、じっと見つめないとわからないほどの極細のワイヤーですね?」
「くっ……」
「あなたは剣士ではなくて、糸使い。剣の攻撃は全てフェイクで、糸を操ることこそが本命。なかなかに手の込んだ仕掛けでしたが、種が割れてしまえば大したことはありませんね。所詮は、ただの手品です」
「バカを言うな……俺のワイヤーは、種が割れたからといって、簡単に避けられるようなものじゃない! この技術をみにつけるために、どれだけの年月と努力を費やしたことか……!!!」
「それは、おあいにくさまでした。ですが……私は、これでも剣聖を名乗っていますので。これくらいの手品にやられてしまうほど、脆くはありません」
「くっ、ううう……ぐあああああっ!!!」
いつの間にか立場が逆転して、追いつめられていた。
その事実を認めたくないというように、用心棒が獣のように叫ぶ。
そして、やぶれかぶれの突撃。
ワイヤーを巧みに操り、全面攻撃をしかける。
前後左右、上からもワイヤーが迫る、避けることのできない多面攻撃。
用心棒が持つ最大の必殺技だ。
これを使い、仕留めてきた敵は数しれず。
しかし、
「その手品はもう見切りました」
「なぁっ!?」
避けようのない、多面攻撃。
逃げるスペースは欠片もないはず。
それなのに……
魔法でも使ったかのように、ソフィアは全ての攻撃をかすり傷一つ負うことなく避けてみせた。
ありえない、と用心棒が目を剥くが、これは紛れもない現実。
障害をあっさりと乗り越えたソフィアは、用心棒に迫り、剣の腹を痛烈に叩きつける。
ゴキィッ、と骨を数本まとめて砕く感触。
その激痛に耐えられるわけがなく、用心棒は意識を手放した。
「ば、バカな……」
大金を払い、雇った用心棒。
その力は、自身が知る限り最強。
それをあっさりと倒されてしまい、ファルツは愕然とした。
こんなはずじゃなかった。
邪魔者を排除して、ドクトルに対する覚えを良くする。
そして、さらに上へ登り、いずれ、冒険者協会の全てを掌握する。
そんな野望を思い描いていたのだけど……
ガラガラと夢が崩れていく音が聞こえた。
「さて」
ソフィアは剣を抜いたまま、ファルツに向き直る。
「ひぃ」
ファルツは震えた。
猛禽類と相対しているかのような恐怖。
いや。
猛禽類では収まらない。
竜に睨まれているかのような、そんな圧倒的な絶望感。
ソフィアはにっこりと笑う。
ただし、目はまったく笑っていない。
「安心してください、殺しはしません。ただ、フェイトを巻き込み、傷つけようとしたことは許せません。そしてなによりも……アイシャをひどい目に遭わせようとしたことは許せません。私、あの子のことをもっと知りたいと思っているみたいなので。そんなわけで……聞きたいことや証言してほしいこと、たくさんあるので、殺しはしません。ただ……命以外のものは、色々と諦めてくださいね?」
……その後、屋敷中にファルツの悲鳴が響いたとか。
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