68話 寝る?
「ここ、とても良い部屋ですね」
「あ、うん。ソウダネ」
ソフィアはなんとも思っていないのか、気がついていないのか、動揺している様子はない。
ただ、僕はおもいきり動揺していた。
ついつい語尾が怪しくなってしまうくらいに、心臓がばくばくとしていた。
宿などでソフィアと同じ部屋になったことはあるけど……
でも、一緒のベッドなんてことはない。
「簡単な水場もありますね」
「そうなんだ」
「それに、部屋が広いだけじゃなくて、浴室もついているみたいですね」
「そうなんだ」
「少し汗をかいてしまったので、お風呂に入ってきますね」
「そうなんだ」
……
「えっ!?」
遅れて言葉の意味を理解するのだけど、その時には、すでにソフィアは扉の向こう側へ。
パタン、と扉が閉じて……
ややあって、スルスルと布が擦れるような音が。
「……」
「フェイトって、実はむっつり?」
「し、仕方ないじゃないか。好きな女の子が、こんな、無防備にお風呂に入るなんて……」
「まー、気持ちはわからなくもないけどねー。あたし、そういうのにも理解ある女だし」
リコリスのドヤ顔が、ちょっとうざい。
「なんなら、フェイトも風呂に入ってきたら?」
「えっ!?」
「乱入して、俺の手で体を洗ってやるぜげへへへ、ってな感じで」
「リコリスの中の僕のイメージは、そんななの……?」
「違うわよ。ただ単に、この前読んだ本でそういう男が出てきた、っていうだけ」
それはそれで、どうなのだろうか?
女の子なのに、そういう本は読まない方がいいと思うのだけど……
「フェイト」
「えっ」
浴室に繋がる扉がいきなり開いて、ソフィアが顔を出した。
一応、大事なところは扉で隠しているものの……
でも、濡れた髪とか白い肩は見えてしまっている。
「そ、ソフィア!? な、なにをして……!?」
「そちらにバスタオルはありませんか? ここには見当たらなくて……」
「あ、えと、う、うん! バスタオルだね!? ちょっと待ってね?」
ギクシャクとしつつ、バスタオルを探す。
「えっと、その……お風呂、早かったね」
「そうですか? 私としては、普通に堪能したつもりなのですが」
どうやら、緊張のあまり、体感時間が遅くなっていたらしい。
あたふたしつつ、バスタオルを探す。
そんな僕に、リコリスが耳元でそっとささやく。
「……フェイト、フェイト」
「な、なに?」
「バスタオル渡すフリをして、そのまま押し倒しちゃえば?」
「で、できるわけないよ!?」
「フェイト? どうかしたのですか?」
「う、ううんっ、なんでもないよ!?」
顔が熱い。
ソフィアに変に思われないかな?
妙な危機感を覚えつつも、バスタオルをなんとか探し出して、ソフィアに渡すのだった。
――――――――――
その後、僕もお風呂に入り、リコリスもお風呂に入り……
そして、寝る時間。
「えっと……」
ベッドは一つ。
十分な大きさがあるから二人で寝ても問題はないのだけど、でも、そんなことは……
「それじゃあ、そろそろ寝ましょうか。夜ふかしして昼前に起きるなんて情けないところ、ドクトルに見せるわけにはいきませんからね」
「え? いや、その……」
「フェイト? まだなにか、起きていないといけない理由が?」
「ううん、そういうわけじゃないんだけど……」
「どうしたんですか?」
「……その、ソフィアは、当たり前のように二人で一緒に寝ようとしているんだけど、イヤじゃないの?」
「なにを言っているんですか? イヤなんてこと、あるわけないじゃないですか?」
心底、不思議そうな顔をされてしまった。
次いで、頬をほんのりと赤く染められてしまう。
「むしろ、うれしいですよ」
「え」
「ほら、覚えていますか? 小さい頃は、お互いの家によくお泊まりをしたじゃないですか。その時は一緒のベッドに寝て、夜ふかしをしたりしておしゃべりをして……」
「あ……うん、そうだね。たまに親に見つかって、さっさと寝なさい、って怒られたり」
「次はバレないように、って布団をかぶっておしゃべりしたこともありましたね」
「色々なことをして……うん、楽しかったよね」
「はい。なので、ちょっと昔のことを思い出して……できるなら、フェイトと一緒に寝たいです。ダメですか?」
「えっと……ううん、ダメなんてことないよ。一緒に寝よう」
そんな話を聞かされたら断るなんてできないし……
あと、僕もソフィアと一緒に寝たい。
彼女の温もりを感じたい。
いやらしい意味じゃないからね?
「……」
「……」
明かりを消して、ベッドで一緒に横になる。
余裕があるように見えたけど、強がりだったのか、ソフィアはなにも言わない。
もちろん、僕もなにも言わない。
余裕なんてものがあるわけがなくて、ただただ緊張していた。
幼い頃はよく一緒に寝ていたけど、あの頃とは色々なものが大きく違う。
ソフィアは、大事な幼馴染から愛しい幼馴染に変わっていて……
そんな彼女と一緒に寝ていると思うと、うれしいという以外の感情も湧いてくる。
「うぅ……ちょっと困りました」
「どうしたの?」
「いざ、実行してみると……これは、思っていた以上にドキドキしますね。フェイトのことばかり考えてしまって、ちゃんと眠れるかどうかわかりません」
「それは僕も同じだよ。ソフィアがすぐ近くにいるから、顔が熱くて仕方ないよ」
「ふふっ、それは私も同じですね」
「うん」
ちょっと顔を傾ければ、すぐ目の前にソフィアの顔が。
暗くても、彼女の顔はハッキリと見える。
とても綺麗で優しい顔だ。
「……ねえ、フェイト」
「うん」
「その、手を繋いでもいいですか? フェイトの温もりを分けていただければ、と思いまして」
「いくらでも。はい、どうぞ」
手を差し出すと、そっと、ソフィアが僕の手を握る。
温かい。
体だけじゃなくて、心までぽかぽかになるみたいだ。
「今なら、ぐっすり眠れそうです」
「うん、僕も」
「おやすみなさい、フェイト」
「おやすみ、ソフィア」
僕達は、ゆっくりと目を閉じて……
「……まったく、爆ぜなさいよ」
どこからともなく、そんな声が聞こえてくるのだった。
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