表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/520

64話 専任

 専任というのは、特定の人のお抱えとなる冒険者のことだ。

 雇い主の許可がない限り、他の依頼を受けることができなくなる。


 ただ、メリットはもちろんある。

 依頼がないとしても、毎月、特定の契約料が支払われることになる。

 それにプラスして、雇い主からの依頼が発生した場合、そちらの料金も上乗せされる。


 さらに、雇い主にもよるが、色々なサポートを受けられたり保険が用意されたり……

 普通に考えるのならば、大抵の冒険者が飛びつくような、好条件の話だ。


「僕を、ブラスバンドさまの専任に……? それは、冗談とかではなくて?」

「もちろんですよ。ぜひ、私の専任になっていただきたいのです。そして、長く良い関係を築いていくことができれば、と思っています」


 ドクトルは笑顔で言う。

 特に裏はないように見える、優しい笑顔だ。


 でも、油断はできない。

 裏でなにか企んでいるかもしれないし……

 騙されたりハメられたりしないように、しっかりと注意していかないと。


「でも、普通に考えるのなら、僕よりもソフィアに頼んだ方がいいのでは?」

「そうですね。スティアート殿には失礼な話ですが、実力は、彼女の方が圧倒的に上でしょう。しかし、アスカルト殿は、今までそういう話がたくさんあったはずなのに、一つも受けていません。おそらく、その気がないのでしょう」

「そこで僕に?」

「はい。スティアート殿は、まだ若い。才能もあります。これからに期待をして、先行投資、という形になるでしょうか?」

「なるほど……」

「専任となれば報酬が増えるだけではなくて、色々なサポートを受けられるようになります。私個人としても、最大限のサポートをしていきたいと思っております。物資、知識、情報……ありとあらゆる面で最大限の援助をすると約束いたしましょう。どうでしょうか? 自分で言うのもなんですが、悪い話ではないと思うのですが」


 ドクトルの話を聞いて、ある程度だけど、彼のやり方を把握した。


 彼は冒険者協会をおもちゃのように扱い、自らの私腹を肥やしているのだろうけど……

 しかし、味方となる者に対しては甘い蜜を吸わせているのだろう。


 そうすることで、より深い関係となり離反を防ぐ。

 さらに、鞭ではなくて飴を与えることで、被害者ではなくて共犯者という意識を植えつけて、裏切りを防ぐ。

 たぶん、そんなところだと思う。

 なかなかの策士だ。


 そうなると、ここで僕が取るべき選択肢は……


「……すみません」


 頭を下げた。


「とても魅力的な話だと思いますが、僕のパートナーはソフィアなので、一人で勝手に決めるわけにもいかなくて……少し考える時間をもらえませんか? ソフィアと……あと、このリコリスと、みんなで相談したいと思うので」

「なるほど……それもそうですね。相談は必要ですね。申しわけない、どうも焦っていたようです」

「いえ、僕のことを高く評価していることは、とてもうれしいです。もしも僕一人だったら、迷わずに受けていたと思います」


 ドクトルの懐に潜り込むだけじゃなくて、信頼も得た方がいいはず。

 ならば、おいしい話にすぐに飛びつくわけにはいかない。

 扱いやすい駒と判断されて、軽く見られてしまうかもしれないからだ。


 それよりも、一旦間を置くことで焦らす。

 その上で契約に応じれば、彼は、より僕達のことを必要とするだろう。


「……フェイト。あんた、そんな駆け引き、どこで覚えたの?」

「……困った時はこうしたらいいですよ、ってソフィアが事前に教えておいてくれたんだ」

「……あの子、こうなることを見通していた、ってことかしら? 恐ろしいわね」


 確かに、この展開を予想していたのなら、その知恵は恐ろしいのかもしれない。

 でも僕は、とても誇らしいと思う。

 僕の幼馴染はすごいんだぞ、と周囲に自慢したくなる。


 まあ、僕がどうこうというわけじゃないから、意味ないんだけどね。


「では、このまま歓待をさせていただけませんか?」

「え? でも……」

「あの盗賊にはほとほと手を焼かされていまして……それを討伐していただいたスティアート殿と剣聖殿は、私にとっては英雄に等しいです。このまま返すなんて、とんでもない話でして。もちろん、剣聖殿も用事が終わり次第当家に招きたいと思います」

「えっと……」


 たぶんこれは……


 僕とソフィアを手元に置いておきたいのだろう。

 それだけじゃなくて、盗賊団が溜め込んだ財を接収する際、余計な干渉をされたくないのだろう。

 僕らは当事者でもあるから、確認したいと言えば、確認できるからね。


「……どうするのよ、フェイト?」


 同じく、リコリスがこっそりと問いかけてきた。


 このままだと、盗賊団の宝はドクトルに接収されてしまう。

 本来なら、見逃すことはできないのだけど……


 でも、クリフからは、ドクトルの懐に入るように頼まれている。

 信頼を得られないと、不正の証拠を手に入れることはできないから。


 それは僕も同じ考えだ。

 だから、悔しくはあるのだけど、今はなにも気づかないフリをしよう。


 アイシャのことが気になるけど……

 でも、ソフィアならうまくやってくれるはず。


「わかりました。それじゃあ、お言葉に甘えたいと思います」

「おおっ、そうですか。ありがたい。では、さっそく宴の準備をしましょう」

「えっと……楽しみです」


 僕の笑顔、引きつっていないかな?


「ところで、剣聖殿はいつ頃戻ってくるのでしょうか?」

「それは……うーん、僕も詳しいことはわからないんですよね。ちょっとした用事があるとしか聞いていなくて……ただ、今日中には戻ってくると思いますよ」

「わかりました。では、いつ戻ってこられても対応できるようにしておきましょう」


 こうして、僕はドクトルの屋敷に滞在することになった。

 少しは信頼を得られた、と考えてもいいのかな?


 あるいは、操りやすい駒と思われているかもしれないけど……

 それはそれで、動きやすいから好都合。

 最後には、駒のままで終わらないことを示そう。




――――――――――




 夜。


 宴が開かれた。

 広い庭が会場に。

 あちらこちらに料理と酒が並び、ドクトルが招いた人達が笑顔で話をしている。


「ふう」


 僕は休憩用の椅子に座りつつ、吐息をこぼす。


 色々な人と挨拶をして、簡単な話をして……

 正直なところ、ちょっと疲れた。

 体力的な問題じゃなくて、精神的な問題だ。

 相手の顔色を伺いながらの会話って、僕には向いてないよなあ……たぶん、ソフィアなら、その辺りもうまくやってしまうのだろう。


 でも、まだソフィアは戻ってきていない。

 ソフィアなら余計な心配はいらないと思うのだけど……

 うーん、ちょっと心配になってきた。


「ちょっと、そんな暗い顔をはぐはぐ、しないであぐあぐ、料理を楽しみなさいよはむはむ」


 僕の頭の上で、リコリスがあちらこちらから取ってきた料理を食べていた。

 食べかすが落ちてくるから、ちょっと勘弁してほしい。


「ソフィア、どうしたのかな?」

「大丈夫でしょ。あの子、強いだけじゃなくて、フェイトが思っている以上に賢くてしたたかよ。心配しなくてもいいわ」

「それでも、気になっちゃうよ」


 大事な幼馴染だから、気にするなと言われても無理だ。


「うーん」

「よぉ」


 うーんうーんと悩んでいると、ふと、声をかけられた。

 振り返ると、熊のような大柄の男がいた。

『面白かった』『続きが気になる』と思って頂けたなら、

ブックマークや☆評価をしていただけると、執筆の励みになります。

よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
さらに新作を書いてみました。
【おっさん冒険者の遅れた英雄譚~感謝の素振りを1日1万回していたら、剣聖が弟子入り志願にやってきた~】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ