519話 これまでも、これからも
そして……
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「ふふ……フェイトってば、もうこんなに大きくしてる」
「うぅ……だ、ダメだよ、レナ。こんなことは……」
「でも、ここは正直だよ?」
「あう」
「ほら、もっとしてあげる♪」
「だ、ダメだってば……それ以上は、それ以上したら……」
僕は……
「食べられなくなるから!」
巨大なおにぎりを作るレナを強く止めた。
「うーん、どこまで大きなおにぎりを作れるか、一回、チャレンジしてみたくない?」
「気持ちはわからないでもないけどね。あまり大きくしすぎたら、食べられなくなっちゃうよ。というか、食べ物で遊ばない」
「はーい」
渋々といった様子ではあるものの引き下がり、普通におにぎりを作り始めた。
すると……
「お父さん!」
扉が開いてアイシャが姿を見せた。
いつかのように小さくて愛らしい姿ではなくて……
大きく成長して、立派なレディになっていた。
あれから長い年月が経っていて……
アイシャも大人の仲間入りだ。
とはいえ……
「えへへー♪」
「おっと。こら、料理中に抱きついたらダメだよ」
「でもでも、こうしたいんだもん。ダメ?」
「……ちょっとだけだよ」
「お父さん、優しいね。えへへ、だから好き♪」
甘えん坊なところは変わらない。
僕にもソフィアにもレナにも、ちょくちょく抱きついている。
「レナお姉ちゃん、それはおにぎり?」
「そうそう。いい感じでしょ?」
「えー……大きすぎて、ちょっと嫌かな」
「マジ!?」
それが普通の感性なんだよ、レナ……
あれから10年近く経っているんだけど、レナは、まだ一緒だ。
まったく僕のことを諦めてくれない。
その熱意に負けたというか、押し切られたというか……
今では、一緒に暮らしている。
いつか、さらに踏み込んできそうで怖いなあ。
「へいへーい、準備はどんな感じ?」
今度はリコリスがやってきた。
10年経っているけど、まったく変わっていない。
うん。
なんか安心するな。
「なによ、その温かい目は?」
「リコリスは変わらないなあ、って」
「はぁ? 変わってるんですけどー。ほら、ちゃんと見なさい。この10年で、よりセクシーになったでしょ」
ドヤ顔を決めてみせるリコリス。
そういうところがまったく変わっていないんだよね。
「ところで、これ、なにしているの?」
「忘れたの? 今日は、みんなでピクニックに行く約束だったじゃないか」
「リコリスはダメだねー」
「ねー」
「……お、覚えていたし!? ちゃんと覚えていたから!?」
絶対に忘れていたな。
その場のノリと雰囲気だけで生きているリコリスは、相変わらずだった。
やれやれ。
「お父さん、お父さん」
「うん?」
「ピクニック、楽しみだね」
「そうだね」
「向こうにいったら、鬼ごっこをしたいな。みんなで走って遊びたい」
「うん、いいよ」
「レナお姉ちゃんは、本気を出さないでね?」
「ふっふっふ、それは承服しかねるなー。ボクは、いつでもなんでも恋も全力全開だからね」
そう言いつつ、こちらをちらりと見る。
まったく諦めていないところは、さすがというかなんというか……
実にレナらしい。
「リコリスは、飛んで逃げるのダメだからね?」
「そ、そんなことしないし?」
飛ぶつもりだったらしい。
まあ、飛んでも追いかけることができるけどね。
最近は、剣術を学んでいくうちに『空気を蹴る』ということを覚えたらから、そこそこの高さまでなら問題ない。
リコリスが飛んで逃げたとしても捕まえることができるだろう。
「そろそろ準備できるよ」
レナがそう言うと、アイシャがこちらを見た。
「お母さん、呼んできたら?」
「そうだね。じゃあ、あとの準備は任せたよ」
「はーい」
アイシャは元気よく返事をした。
本当、いい子に育ってくれた。
レナやリコリスが一緒にいてくれたおかげかもしれない。
それと……
昔、別れた友達の影響もあるんだろうな。
まあ、今日は、その友達に会いにいくわけだけど。
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「ソフィア? 入ってもいい?」
「どうぞ」
ソフィアの部屋に入ると……
「すぅ……すぅ……」
彼女の腕に抱かれて、小さな小さな女の子がすやすやと寝ていた。
その子を見守るソフィアの顔は、とても優しい。
「あ、ごめん……起こしていない?」
「大丈夫ですよ、ぐっすり寝ていますから」
「まだ昼前なのに」
「子供は寝るのも仕事ですからね」
ソフィアが腕に抱いているのは……僕達の子供だ。
あれから、僕とソフィアは冒険者を続けて、世界中を旅して……
ある程度したところで、とある街に腰を落ち着けることにした。
なぜか?
ソフィアの妊娠が判明したのだ。
それを機会に生活を落ち着かせることにして……
あと、正式に結婚もした。
ちなみに、僕が婿入りする形に。
なので今の僕は、フェイト・アスカルトだ。
「今日は、聖域に行くんですよね?」
「うん。みんなはピクニックって言っているけど、ちょっと大変かも」
「大丈夫ですよ。私やレナがいますし……一応、リコリスもいますからね」
「一応はかわいそうかも」
「ふふ。そしてなにより……フェイトがいますからね。世界最強の旦那様です」
「やめてよ、それ……恥ずかしいんだけど」
「剣聖になったのですから、誇っていいのでは?」
そう。
僕は、数年前に『剣聖』になっていた。
過去に達成した依頼の貢献度と……
それと、数年前に色々な事件が起きて、その解決に一役買い……
今でも驚いているのだけど、『剣聖』の称号を授かることができた。
身に余る光栄だけど、嬉しい。
それに、そのおかげでソフィアと正式に結婚することもできた。
同じ立場になれたから。
追いつくことができたから。
きちんとプロポーズをすることができた。
そして今は……
大事な家族と二人の娘に囲まれて、幸せに過ごすことができている。
「……ねえ、フェイト」
「うん?」
「私は今、幸せです。フェイトは……どうですか?」
「それは……」
そっと、目を閉じた。
そうして今までのことを振り返る。
奴隷に落ちて。
でも、ソフィアが助けてくれて。
色々なところを旅して、リコリスやアイシャと出会い。
レナと出会うけど、黎明の同盟と戦うことになって敵対して。
魔獣と戦い、その後、新しい聖獣と出会い聖域に到達して。
それから……
うん。
本当に色々なことがあった。
その記憶、思い出の全てがキラキラと輝いていて、宝石のようだ。
「もちろん、幸せだよ。ソフィアは?」
「言うまでもありません、幸せですよ」
僕達は笑顔を交わして……
「これからも、一緒にいようね。ソフィア」
「もちろんです。ずっとずっと……いつまでも一緒ですよ」
僕は、そっとお嫁さんにキスをするのだった。
こちらで完結となります。
けっこう長く続いた作品ですが、どうだったでしょうか?
少しでも楽しんでいただけたのなら嬉しいです。




