518話 さようなら
「スノウとマシュマロは……帰りたい?」
「ううん。たぶん、僕達と一緒にいたいと思ってくれているんじゃないかな」
自惚れ、っていうことはないと思う。
二匹から親愛の情を感じるし、アイシャにとてもよく懐いている。
別れたくないと思っているはずだ。
でも……
ちらりと、近くで遊ぶスノウとマシュマロを見る。
とても生き生きとしていた。
聖域に来てから、倍くらい元気になっているような気がした。
聖域だから、っていう理由だけじゃなくて……
ここが帰るべき場所だから。
それを本能で察しているから、ここまで元気になっているんだろうな、と思う。
「ここが、スノウとマシュマロの故郷なんだ。なら……」
「帰る?」
「うん、その方がいいと思うな」
「……」
「僕も寂しいよ。でも……寂しいからって、スノウとマシュマロを束縛するようなことはしたくないんだ。故郷に帰れるのなら、それが一番だと思うんだ」
「……うん」
やっぱり、アイシャは答えに辿り着いていたのだろう。
寂しそうにしつつも、小さく頷いた。
「大丈夫。これでお別れっていうわけじゃないよ」
「ほんと?」
「もちろん。気軽に、っていうわけにはいかないけど、会いたい時はまた聖域に来ればいい。それだけだよ」
そうだ。
これが今生の別れになることはない。
また会うことができるはず。
「……うん」
アイシャは、さらに、ひしっとしがみついてきた。
「……おとーさんとおかーさんとリコリスの言う通りにする」
「ありがとう、アイシャ。それと、偉いね」
「ふぐ……」
アイシャの体が小さく震えた。
僕は、そのまま彼女の頭を撫でて……
――――――――――
……そして、お別れの日がやってきた。
「スノウ、マシュマロ……」
「わふ?」
「にゃー?」
僕達は、聖域の出口へ。
そこで、アイシャはスノウとマシュマロと向き合う。
僕達や聖獣王に見守られる中、別れを口にする。
「今まで、ありがとう……たのしかった、うれしかったよ」
ぎゅっと、二匹を抱きしめた。
「また……ね」
「……オンッ!」
「……ニャン!」
アイシャに抱きしめられて、二匹は力強く吠えた。
これが別れであることを悟ったのだろう。
でも、抵抗することはなくて……
素直に受け入れていた。
ただ、簡単にできた、というわけじゃないだろう。
スノウとマシュマロは、ちらちらとアイシャを見ている。
別れたくない、と思ってくれているみたいだ。
ただ、それを必死に我慢している。
アイシャと同じだ。
「……じゃあね」
アイシャは、そっと二匹から離れた。
そして、泣きそうになりながらも笑顔を見せる。
スノウとマシュマロは前に出て、それぞれアイシャの頬を舐める。
それから背を向けて歩いていく。
振り返ることはない。
足を止めることもない。
そのまま立ち去る。
「さようならーーー!!!」
アイシャは精一杯の大きな声で、スノウとマシュマロを見送った。
「……っ……」
「アイシャちゃん……」
別れを終えたアイシャは、ソフィアにひしっと抱きついた。
顔を隠すようにしていて……
その肩は小さく震えている。
悲しいのだろう。
泣いているのだろう。
でも、僕達に心配をかけたくなくて、顔を隠しているんだと思う。
「うん……よくがんばりましたね、アイシャちゃん。とても誇らしいですよ」
「……」
「よしよし。我慢する必要はありませんからね。今は、いっぱい泣いて……おかーさんが、ここにいますからね。ずっと一緒にいますからね」
「うぅーーー……」
「もちろん、僕もずっと一緒にいるよ」
「あたしも!」
「ま、ボクも付き合ってあげようかな」
みんなに囲まれて……
「……ありがと」
アイシャの顔は涙に濡れていたけど、でも、笑顔を浮かべることができた。