512話 扉と鍵と想いと
「よし、改めて……」
聖域に繋がる扉を探そう。
といっても、怪しいところはすでに見つけている。
頂上の一角の空間が蜃気楼のように歪んでいた。
もちろん、こんな山頂で蜃気楼なんて起きるわけがない。
聖域となにかしらの関連があるのだろう。
「たぶん、これが扉と関連していると思うんだけど、どうやって開くんだろう?」
歪みに触れてみる。
水の中に手を入れたような感じで、鈍い感じ。
あと、ちょっとヒヤっとしている。
ただ、それだけ。
何度も触れてみるけど、それ以上の情報を得ることはできない。
「なんでしょうね? これは」
「斬ってみる?」
「あんた、発想が物騒なものばかりじゃない……って、あたしにツッコミ入れさせないでよ」
「いいじゃん、ボクと一緒に人々を笑わせよ?」
「イヤよ!」
よくわからない会話を交わす中、
「……」
馬車から降りたアイシャは、じっと歪みを見つめていた。
耳も尻尾も動いていない。
なにやらものすごい集中力だ。
「アイシャ、どうしたの?」
「……」
「アイシャ?」
「……」
返事はない。
そのまま、アイシャはなにかに誘われるかのように前に進む。
様子がおかしい。
でも、今のアイシャを止めてはいけない、声をかけてはいけない。
なぜかそう思い、好きにさせることにした。
アイシャは、ゆっくりと歪みに近づいていく。
そして、そっと……本当にゆっくりと手を伸ばした。
歪みに触れて……
「えっ」
水面に石を落とした時のように、空間に波紋が広がる。
それと同時に隠されていた景色が……扉が出現した。
石造りの両開きの扉。
表面には複雑な模様が刻まれている。
その模様はうっすらと輝いていて、点滅を繰り返している。
まるで生きているかのようだ。
「これは……」
「もしかしなくても、聖域に繋がる扉……なのでしょうか?」
予想外の展開。
そして、どこか幻想的な光景に、僕達は、ついつい息を飲んでしまう。
「ははーん、なるほどね」
「どうしたの、リコリス?」
「フェイトに反応しなくて、アイシャに反応した。つまり、鍵の役割をアイシャが果たしていた、っていうことよ」
「なるほど……」
僕達は普通の人だ。
でも、アイシャは違う。
獣人で……
それと、聖獣に愛された巫女。
だから、聖域に繋がる扉が現れたのだろう。
セキュリティの一環なのかな?
深淵のように邪な考えを持つ者が現れても、聖域に繋がる扉が開くことはない。
巫女がいなければ意味がない。
「この扉の先に聖域が……」
「どうしますか、フェイト?」
「もう目の前だから、念の為、休憩でもしておく?」
「……いや」
僕は、そっと扉に手を伸ばした。
「このまま行こう……いい?」
みんなが頷いたのを見て、僕は、ゆっくりと扉を押した。




