498話 商人の矜持
ライラックにやってきて、数日が経った。
朝はソフィア、レナと剣の稽古をして。
昼は、アイシャ、スノウとマシュマロと遊んで。
夕方にもう一度稽古をして……
夜は、リコリスが大量にお酒を飲んでリバースまでがセット。
そんな、なんてことのない日々が続いていた。
ここ、本当に見るところがなにもないんだよね。
観光地としての役目はゼロ。
フェンドリックさんが言っていたように、特殊な鉱石を採掘することで生計を立てているのだろう。
とはいえ、人の流れはあるから、きちんと物が売られているのは助かる。
合間を見て、水や食料などを買いためていく。
そして……
「おまたせして、申しわけありません。『果て』に関する情報がようやくまとまりましたので、そのご報告に……」
5日が経過したところで、フェンドリックさんがやってきた。
ソフィア達が使っている三人部屋に招いて、みんなで話を聞く。
「まず、こちらが、現在最新の地図となります」
テーブルの上に、大陸最南端と思われる地図が広げられた。
ところどころが黒で塗りつぶされている。
未踏破なのでなにもわからない、ということなんだろう。
それ以外は、草原や砂場。
岩、山脈、森林地帯……細かい情報が記されている。
思っていたよりも精巧な地図だ。
「すごいですね、これ……地図といっても、もっと大雑把なものになると思っていました」
「我が商会の名前に傷をつけるわけにはいきませんからね。足りない情報を書き込み、最新のものを用意させました。とはいえ、それでもわからないところは残っていますが……」
「いえ、十分です」
半分近くは黒く塗りつぶされていて、詳細はわからない。
ただ、その周囲の地形を見ることで、大体のところは推測できる。
「それと、こちらが『果て』に生息する生物の情報ですね」
「そんなものまで用意してくれたんですか?」
「ええ、もちろん。やるならば徹底的に……我がフェンドリック商会は、お客様の要望を完璧に満たすことを目的としていますから」
リストを受け取り、目を通す。
「……なんか、だいぶ少ないですね」
「獣も魔物もいないねー。歯ごたえのある戦闘ができなさそうで残念」
「あんた、そのバトルジャンキーなところ直しなさいよ」
「聞こえませーん」
二人が言うように、獣も魔物もほとんど存在しない。
「死の大地と呼ばれているくらいですからね。獣や魔物だけではなくて、植物も少ないようですね」
「なるほど……しっかり準備をしないと、大変なことになりそうだね」
「その通りです。可能ならば、食料や水などの物資は、今まで予想していた分の三倍は用意した方がいいかと」
「え、そんなにですか?」
「現地調達がまったくできないと考えるべきなので、それくらいは必要になるでしょう」
なるほど、と感心させられた。
確かに、フェンドリックさんの言う通りだ。
現地調達が見込めない以上、物資が多いに越したことはない。
「それと……こちらが他の情報をまとめたファイルです。どうぞ」
分厚いファイルを受け取る。
軽く見てみると、この先一ヶ月の天気予測や気温変動などなど。
さらに細かい情報が載っていた。
「おー、これはすごいね。ボクだったら、こうは調べられなかったかも。なかなかだね」
「ふふん、やるじゃない。認めてあげるわ!」
なんで、この二人は上から目線なんだろう……?
「ひとまず、今回の依頼で用意した情報は以上になりますが……」
「ありがとうございます。これだけあれば、たぶん、大丈夫だと思います」
「そうですか、それはよかった。これで恩を返すことができました、安心です」
「僕達は、恩とかあまり気にしていなかったんですけど……」
「いえいえ。恩を受けたまま、そのままにしておくなんて、とてもとても。そんなことをしたら、後で、どんな恩返しを要求されてしまうか。恩とは、言わば形のない借金のようなものですからね。商人として、そのままにしておくわけにはいきません」
とても商人らしい意見だった。
素直でストレートな感想に、逆に好感を抱いてしまう。
機会があれば、またフェンドリックさんのところで取引をしたいな。
「では、私はこれで」
「はい、ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ、ありがとうございました。なにかありましたら、また、我がフェンドリック商会をご利用ください」
フェンドリックさんはにっこりと笑い、一礼して部屋を出ていった。
◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
さらに新連載です。
『おっさん冒険者の遅れた英雄譚~感謝の素振りを1日1万回していたら、剣聖が弟子入り志願にやってきた~』
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