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47話 十倍

 他の冒険者、憲兵達と一緒に、ソフィアは街の門で待機していた。

 いつでも出撃できるように、すでに準備は終えた。


 後は、偵察隊の報告を待ち……

 出撃の合図を受けるだけだ。


「やあ、見事な檄だったよ」

「なにか用ですか?」


 クリフが声をかけるのだけど、ソフィアは一瞥しただけですぐに視線を逸らしてしまう。


 率直に言うと、ソフィアはクリフを嫌っていた。

 愚かな真似を積み重ねてきた前ギルドマスター、アイゼンの後任だ。


 今のところ、クリフが腐っているという証拠はないが、しかし、それで簡単に心を許すことはできない。

 隠れて裏でなにかしているかもしれないし……

 あるいは、これからやらかすかもしれない。


 信頼できる人物であると判断するには、まだまだ色々と情報と材料が足りないのだ。


「うーん、嫌われたものだねえ」

「自覚しているのなら、遠くへ行ってくれませんか?」

「まあまあ、そうつれないことを言わないで。一緒にいれば、僕の良いところも見えてくるかもしれないでしょう?」

「あなたのメンタルは鉄ですか? 普通、ここまで冷たく言われれば引き下がるのですが」

「図々しいヤツ、とはよく言われるかな? あははっ」


 クリフが楽しそうに笑う。

 そんな様子に、ソフィアはさらにイラッとするものの、今は我慢した。


「それで、なにか用ですか?」

「アスカルトさんの出撃なんだけど、僕が合図するまで待ってくれないかな?」

「どうしてですか?」

「うーん……ちょっと気になることがあってね」

「気になること?」

「ごめん、詳しくは言えないんだ。ただの杞憂かもしれないから、まあ、周囲に不安や動揺を与えたくなくて」

「よくわかりませんね……まあ、構いませんよ。どちらにしても、偵察隊が戻ってこないと出撃できませんし。そこからさらに遅れたとしても、特に問題はありません。ですが……」


 ソフィアがギロリとクリフを睨みつける。


「もしも、あなたがつまらないことを考えていて、その結果、フェイトが傷ついたとしたら……覚悟してくださいね?」

「わかっているよ。まずい事態になったら、きちんと責任は取るし、スティアートさんの怒りも全て受け止めるよ」

「へぇ」


 即答するクリフに、ソフィアはわずかながら感心した。


 今の警告、実は殺気を込めていた。

 並の者ならば震え上がり、なにも答えることはできないだろう。

 力ある者だとしても、アイゼンのようによからぬことを企んでいれば、言葉に詰まるだろう。


 しかし、クリフはそれがない。

 自分にやましいことはないと言うかのように、堂々とした態度だ。


 本当にやましいことがないのか。

 あるいは、ソフィアの軽い脅しが効かないほどに肝が座っているのか。


 どちらにしても、なかなかできることではない。

 ソフィアは、少しだけクリフの評価を上方修正した。


「それで、あなたの言う懸念とはなんですか?」

「言ったでしょ? それは杞憂の可能性もあるから……」

「私一人に、こっそりと話す分には問題ないでしょう? そこまで言っておいて、黙っていられる方が迷惑です。それに、小さな可能性だとしても、事前に知るのと知らないのとでは、初動に差が出てきます。なので、私にだけ教えてください」

「気の所為か、命令に聞こえるんだけど……」

「もちろん、命令です。あなたはギルドマスターかもしれませんが、世間では、剣聖の方が立場は上なのですよ」

「やれやれ、敵わないなあ。実は……」


 クリフは苦笑しつつ、周囲に聞こえないように、小さな声で懸念していることを話そうとするが……

 それを遮るように、大きな声が響く。


「ぎ、ギルドマスター!!!」

「うん?」


 とある冒険者が慌てた様子で駆けてきた。

 偵察隊の一人だ。


「やあ、おつかれ。いつの間に戻ってきたんだい?」

「た、たたた、大変です! こんな、こんなことが起きてしまうなんて……あぁ、俺達は、これからどうすれば……」

「ふむ?」


 ひどく慌てた様子の冒険者を見て、クリフが険しい顔になる。


 今は話の続きをする間はない。

 ひとまず、ソフィアは黙り、成り行きを見守ることにした。


「落ち着いて。なにか大変なことが起きて、それを僕に報告しに来たんだろう? なら、しっかりと伝えてくれないと困るな。ほらほら、深呼吸」

「は、はい……」


 冒険者は言われるままに深呼吸をして……

 しかし、落ち着くことはできなかった様子で、あたふたしつつ言う。


「て、偵察完了しました!」

「うんうん。それで、どうだったんだい?」

「そ、それが……魔物の群れは、五千ではありません!」

「へぇ……なら、三千くらいとか?」

「い、いえ。正確な数はわかりませんが、しかし、五千を大きく超えていることは確実でして……一万、二万……いえ。下手をしたら、十倍の五万に届くのではないかと」

「……なるほど」


 クリフは落ち着いているが、


「ご、五万だって!? そんな、まさか……ウソだろ?」

「おいおい、そんな数、どうしようもないだろ……マジなのか?」

「なにかの見間違いとかじゃないのか? いや、でも、さすがに万単位で間違えるわけないか……ってことは、五千以上なのは確実?」


 五万という数を聞いて、周囲の冒険者、憲兵達はひどく動揺した。


 当たり前だ。

 敵の数がいきなり十倍に膨れ上がるなんてことがあれば、絶望しかない。

 二倍なら、まだなんとかなっただろう。

 三倍でも、多くの犠牲を覚悟すれば、街を守ることは可能だったかもしれない。


 しかし、十倍は無理だ。

 どれだけの力を持っていたとしても、敵うはずがない。

 圧倒的な数の暴力になぶられるだけであり、待ち受ける運命は死一択。

 街も蹂躙されて、全てを失うことになるだろう。


 とてもじゃないけれど、落ち着いていることはできない。


「五万ですか」


 ただ、ソフィアは落ち着いていた。

 特に動じた様子はなく、静かに話を聞いている。


「敵の速度は?」

「会敵予想時間は、さ、さほど変更はありません。今から、約一時間後に、魔物の群れは街に到達すると思われます」

「ふむ」


 冒険者、憲兵達にすがるような目を向けられて、クリフは考えた。

 この絶望的な状況を、どうにかしてひっくり返す方法はあるか?


 答えは……ある。


「キミ達は、一万なら相手できるかな?」

「は?」


 クリフに唐突に問いかけられて、偵察隊の一員が目を丸くした。


「僕とアスカルトさん抜きで、一万を相手にできる?」

「え? いや、その……」

「大事な質問なんだ。動揺するな、っていうのが難しいことはわかるけど、きちんと考えた上で答えてくれないかな?」

「それは……そう、ですね」


 じっくりと考えて……

 やや自信がなさそうではあるが、静かに答える。


「通常の倍以上の時間をかけて、遅滞戦闘に徹すれば、なんとか対処は可能かと」

「ふむふむ、良い答えだ。なら、キミたちには一万を任せようかな」

「あ、あの、ギルドマスター? それでも、残り四万が……」

「大丈夫、大丈夫。そっちは、僕とアスカルトさんでなんとかするから」


 あっけらかんと、クリフはそう言い放つのだった。

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さらに新作を書いてみました。
【おっさん冒険者の遅れた英雄譚~感謝の素振りを1日1万回していたら、剣聖が弟子入り志願にやってきた~】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
― 新着の感想 ―
[良い点] クリフ・・? 貴方は一体なにを・・?
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