458話 一人と一匹
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……ふぅううううう」
大会前日。
本来なら体を休めておくべきなのだけど、僕は、一人で密かに訓練をしていた。
ちょっと思いついたことがあり、色々と試しているところだ。
「はぁ……ちょっと休憩」
場所は、街を出て少し歩いたところにある広場。
倒木を椅子代わりにして、持ってきた水筒の水を口に含む。
冷えた水が美味しい。
疲れがすーっと消えていくかのようだ。
「あともうちょっとのような気がするんだけど……うーん」
明日の剣術大会、本戦に備えた訓練だ。
たぶん、ソフィアかレナ、あるいはその両方とぶつかることになる。
ソフィアは剣の師匠。
そして、剣聖だ。
レナは、そういう称号はないものの、超一流の剣士。
二人に勝てる確率はかなり低いだろう。
数パーセントくらい?
その数字を少しでも上げるために、付け焼き刃でもいいから訓練をしているんだけど……
「うーん……なんか、しっくりこないんだよね」
剣の扱い方、体の動かし方。
それらは一朝一夕でどうにかなるものじゃない。
なので、ここぞという時に使うオリジナルの剣技を考えていたんだけど、なかなかうまくいかない。
すでにある剣技の模倣だったり。
あまりにも奇抜すぎたり。
これだ! というものを閃くことができないでいた。
「にゃん」
「あれ? マシュマロ?」
気がつけばマシュマロが隣にいた。
一つ鳴いて、頭をすりすりと擦り付けてくる。
それから僕の膝の上に乗り、くるっと丸くなった。
「そこで寝られちゃうと、訓練ができないんだけど……」
「にゃーん」
「えっと……まあ、いいか」
休憩にしよう。
剣を置いて、空いた手でマシュマロを撫でる。
柔らかくて温かい。
マシュマロも気持ちいいらしく、撫でると甘い鳴き声をこぼす。
「うーん、どうしようかな?」
「にゃあ」
「もしかして、応援してくれている?」
「にゃん!」
「あはは、ありがとう」
「にゃっ」
落ち着くなあ。
こんなのんびりと穏やかな時間がいつまでも続いてほしい。
ふわふわと心地いい感じで、とてもリラックスすることができる。
「って……」
そんな心の在り方が大事なのかな?
勝つことばかり考えて、焦りも覚えていたけど……
もっと心の余裕が必要だったのかもしれない。
必殺技とか、そういうのはいらない。
それよりも試合に挑む心構えが必要だったのかもしれない。
「やっぱり、緊張していたのかな? それで焦っていたのかも……うん、そんな気がする」
ここに来て、じたばたともがいても仕方ない。
あるべきままの僕で挑む。
それだけだ。
「ありがとう、マシュマロ。おかげで、大事なことに気づくことができたよ」
「にゃん!」
マシュマロはどこか誇らしげに鳴くのだった。