444話 いつか……
「おとーさん、おとーさん」
馬車を止めて、テントを張り、野営の準備を終えた。
すると、アイシャがとてとてと歩み寄ってきて、僕を見上げる。
その尻尾は落ち着きなく揺れていた。
「どうしたの?」
「……ちょっと気持ちわるい」
「えぇ!? だ、大丈夫……?」
もしかして、馬車に酔ったのだろうか?
そういえば、今日の昼はたくさん食べていた。
そのせいで、ちょっと馬車に弱くなっていたのかもしれない。
「ごめん、ソフィア。ちょっと馬車を止めてくれないかな? アイシャが酔っちゃったみたい」
「え? はい、わかりました!」
御者台に声をかけると、ほどなくして馬車が停止した。
慌てた様子のソフィアがやってくる。
「大丈夫ですか、アイシャちゃん? お薬、飲みますか?」
「……ううん、だいじょうぶ」
そう言って、アイシャはころりと僕の膝の上に頭を乗せた。
尻尾がぐったりと垂れている。
可哀想に……早く元気になってほしい。
そっとアイシャの頭を撫でた。
「んー……」
気持ちいいらしく、ちょっとだけ顔色が良くなる。
「フェイト、ここは任せてもいいですか? 私は、レナと一緒に周囲を見てきますので」
「うん、お願い」
「冷たい川などがあるといいんですけど……では、行ってきますね。あ、リコリスも来てください」
「えぇ!?」
リコリスを連れて、ソフィアが馬車から降りた。
きちんとした野営地ではないため、魔物が出る可能性がある。
あと、川などがあれば水を汲んで、休むことができるだろう。
「くぅーん……」
「にゃぅ……」
スノウとマシュマロも心配そうだ。
アイシャの隣に座り、じっと寄り添っている。
「んー……」
「大丈夫?」
「ちょっとらくになった」
「そっか、よかった」
「えへへ。おとーさん、やさしいから好き」
「うん。僕もアイシャが好きだよ」
優しく優しくアイシャの頭を撫でる。
少しでも僕の気持ちが伝わればいいと思った。
言葉だけじゃなくて、こうして行動でも想いを伝えていきたい。
「ねえ、おとーさん」
「うん?」
「わたし、しょーらいはおとーさんとけっこんするね」
「えっ」
思わずドキッとしてしまう。
なんて返したらいいか、ちょっとわからなくなってしまったのだ。
ソフィアがいるから?
まだ結婚はしていない。
あと、子供相手にそんな大人げない答えはないだろう。
僕も楽しみにしているよ?
いやいやいや。
色々な意味でアウトだ。
「えっと……ありがとう」
結局、無難な言葉で濁してしまうのだった。
「……それにしても」
今はアイシャは小さいけど、でも、いつか僕達の手元を離れて、結婚する時がやってくるんだよな。
僕の知らない男の人を連れてきて、この人が好きなの、とか言われて。
相手の人に、娘さんをください、とか言われて。
ウェディングドレスを着たアイシャがバージンロードを歩いて……
「……ぐすっ」
涙が出てきた。
「おとーさん? おとーさんも、きもちわるい?」
「いや、大丈夫だよ。なんでもないよ……」
「???」
今からアイシャの未来を想像して、泣いてしまう。
そんな僕は、俗に言われている親ばかというやつなのかもしれなかった。




