441話 こっそりと
夜。
食事を終えて、近くの川で水浴びをして。
みんな、馬車で寝ている。
僕は火の番と魔物の警戒をしているため、交代までは起きていないといけない。
ゆらゆらと揺れる炎。
時折、薪がパチッと小さく爆ぜた。
「にゃん」
「マシュマロ?」
なにやら温かくて柔らかい感触がすると思って振り返ると、マシュマロがいた。
僕の脚に頭を擦り付けている。
よいしょ、とマシュマロを抱き上げて、膝の上に乗せる。
「おー、抱き心地がいいね」
「にゃふー」
どことなく、マシュマロがドヤ顔をしているように見えた。
「お前、リコリスに似てきてない?」
「にゃ?」
「元気なところは見習ってもいいけど、それ以外まで同じになっちゃうのは、ちょっと……」
「にゃん!」
こうして見ると、普通の猫なんだよな。
背中に羽が生えているものの、特に関係ない。
仕草も鳴き声も性格も、猫そのものだ。
でも、実は聖獣かもしれなくて……
「うーん、どういうことなんだろう?」
「ホント、どういうことなんだろうねー」
「わっ……れ、レナ?」
いつの間にかレナがいた。
驚いた拍子にマシュマロが膝の上から降りてしまう。
レナが隣に座る。
それを見たマシュマロは、今度は彼女の膝の上に腰を下ろした。
「やっほー」
「ど、どうしたの? レナは、まだ寝ていていいのに……」
「んー。なんか、目が覚めちゃって。で、せっかくだからフェイトと一緒におしゃべりでもしたいなー、って。ダメ?」
「え、いや。それくらいなら、別にいいけど……」
「やった♪ さすがフェイト」
レナは嬉しそうに笑うと、一応、声量に気をつけつつ、あれこれと話を始めた。
好きな食べ物について。
趣味について。
休日の過ごし方について。
なんでもないことを話していく。
「……なんか、意外だね」
「んー、なにが?」
「レナのこと。その……ソフィアがいないから、こう、もっとグイグイってくると思っていた」
「あはは、それもいいね」
レナがニヤリと笑う。
うさぎを前にした肉食獣みたいだ。
「フェイトのこと食べちゃおうかな? えっちな意味で」
「い、いいい、いや、それはその!?」
「ふふ、冗談だよ」
今度は、くすくすと笑う。
「無理矢理に、っていうのはできるかもだけど、それじゃあ、フェイトはボクの方を見てくれないもんね。やるなら、ちゃんと虜にしてからじゃないと」
「えっと、それは……」
「あ、そこから先は言わなくていいよ? フェイトの中では結論は出ているのかもしれないけど、でも、ボクは諦めないからね。絶対、なんていうことはないし」
そう言われてしまうと、それ以上の言葉を続けることができない。
彼女が言うように、確かに絶対なんていうことはない。
「ボクは自信があるからね。必ずフェイトを振り向かせてみせる、って」
「……どこからそんな自信が?」
「んー……フェイトが好きだから?」
「え」
「知ってる? 恋をする乙女は無敵なんだよ♪」
わかるようでわからない答え。
ただ、レナは楽しそうに笑っていた。
「だから、ボクにがんばらせてね? それで、時々でいいからご褒美をくれると嬉しいな」
「ご褒美、って言われても……」
「こうして二人で話すだけでも十分だよ」
「それでいいの?」
「今は、ね。でもいつか、それ以上のことをフェイトから求めてくれるようにしてみせるから」
まいった。
女の子は強い。
そのことをとても強く感じさせられるのだった。




