438話 のんびりと
「ふぅううううう……」
夜。
露天風呂に入り、くつろぐ。
「すごいな、この宿。お風呂だけじゃなくて、露天風呂もあるなんて」
せめてものお詫びにと、ナナカに紹介してもらったんだけど……
とても充実したところで、こうしてのんびりしていると、事件の疲れが癒やされていく。
これで、ちょっと贅沢をするくらいの金額で泊まれたから、本当にお得だ。
「はぁあああ……安らぐなぁ」
体の芯から温まる。
気持ちよくて心地よくて、ついついぼーっとしてしまう。
そんな時。
「やっほー!」
「わー!」
「こらっ、リコリス。お風呂で泳いだらダメですよ。アイシャちゃんも、真似したらいけません」
垣根の向こうからみんなの声が聞こえてきた。
隣が女湯になっているみたいだ。
「えー、こんな広いお風呂にあたし達だけなのよ? 泳がないとお風呂に失礼、ってものでしょ」
「どういう理屈ですか、どういう」
「んー、でも、ボクはリコリスの気持ちわかるかな? 温泉とか、なんか泳ぎたくなるよねー」
「おっ、わかるじゃん。競争する?」
「ふふーん、ボクに勝てるとでも?」
「いい加減、おとなしくしてください。まったく……」
みんな、温泉を満喫しているみたいだ。
でも、ちょっと落ち着かないな。
垣根一つ挟んだ向こうには、裸のみんながいるわけで……
って、ダメだダメだ。
なにを想像しているんだ、僕は!?
「わふぅ……」
「にゃーん」
スノウとマシュマロも一緒みたいだ。
ここの宿、動物もオッケーなんだよね。
「じー」
「どうしたんですか、アイシャちゃん?」
「おかーさん、おっぱい大きい」
「ごほっ!?」
突然の妙な発言に、ソフィアが咳き込むのがわかった。
ついでに、僕も動揺で湯に沈みそうになる。
「あ、アイシャちゃん? い、いきなりなにを……」
「どうしたら、大きくなれるの? わたしも大きくなりたい」
「えっと、そう言われても……」
「あー、それはボクも興味あるかも」
「あたしも!」
「ここぞとばかりに食いついてこないでください!」
ソフィアの照れ顔が簡単に想像できた。
いや。
この場合は妄想……?
「どうやって、と聞かれても困ります。その……いつの間にかこうなっていたんですから」
「遺伝かしら? むー、人間ってやつはこれだから」
「ずるいよねー」
「ずるい」
「あ、アイシャちゃんは、まだまだこれからですから。リコリスは……妖精のことはちょっとわかりませんね。レナは……ふっ」
「あー!? 今、ボクのことを鼻で笑ったでしょ!? こいつは敵じゃないな、って見下したでしょ」
「いえいえ、そんなことは」
「ぐぎぎぎ……!」
一触即発の雰囲気。
だ、大丈夫かな……?
こんなところでケンカをして、温泉を吹き飛ばしたとか、そういうのは勘弁してほしいんだけど。
あと、裸でケンカをしたら、色々と大変なことになってしまう。
「くそー……こうなったら、フェイトに協力してもらおうかな」
「どうして、そこでフェイトの名前が出てくるんですか?」
「ほら、よく言うじゃない? 好きな人に揉んでもらうと大きくなる、って」
「ごほっ」
レナがとんでもないことを言い出して、ついつい動揺してしまう。
本気じゃないよね?
……いや。
レナの場合、本気の確率が高い。
「……そのようなこと、私が許すとでも?」
「ソフィアに許してもらう必要なんて感じないんだけど? ってか、こういうのは本人の意思が重要でしょ。ねっ、フェイト? 協力してくれる?」
「えぇっ」
こちらに会話が届いていることをレナは知っていたみたいだ。
垣根越しに問いかけてくる。
「えっ!? 今、向こうにフェイトが……というか、隣は男湯だったんですか!? そうなると、今までの私達の会話も……」
「全部、筒抜けだね」
「あああああぁ、わ、私は……」
「おかーさん、まっか」
「剣聖なのに、妙なところで純情なのよねー」
みんなの追い打ちが突き刺さる。
やめてあげて。
「えっと……一応言っておくけど、温泉はのんびりするところだからね?」
そんなことを言ってみるものの、大して効果はなくて……
ほどなくして、垣根の向こうからドシャンガシャンと大きな音が響いてきた。
ああもう、ケンカをするなんて……はぁ。
「女の子って、色々と大変だなあ……」
なんて、しみじみと思うのだった。




