422話 エイシア家の事情
「こんにちは」
「えっと……あっ、こんにちは」
「ふふ、どうして驚いているのですか?」
「こんなところでナナカに会うとは思っていなかったから」
「まあ、普段は執務室で仕事をしていますからね。ですが、いつも仕事をしているわけではありませんよ? 散歩くらいしますわ」
「そうだね」
なんとなく、そのままナナカと一緒に歩く。
リコリスは警戒しているらしく、僕の頭の上で無言になっている。
「ところで、フェイト様とリコリスさんは、もうお食事はお済みですか?」
「ううん。これから、って思っていたところだよ」
「でしたら、ご一緒してもいいですか? 私、よいお店を知っているんですよ」
「えっと……」
頭の上のリコリスを見る。
ま、いいんじゃない? という感じで頷かれた。
あとはソフィア達だけど……
あまり大人数になっても目立つから、やめておいた方がいいかもしれない。
今はナナカと食事をして……
それで、できる限りの情報を引き出しておきたい。
「うん、いいよ」
「わっ、嬉しいです。では、さっそく行きましょう」
「あっ、ちょっと!?」
手を引かれ、思っていた以上に元気なナナカに外に連れて行かれた。
――――――――――
「ここ、とても素敵なお店でしょう?」
ナナカが案内してくれたのは、落ち着いた雰囲気のあるパン屋だった。
イートインスペースもあり、スープやスイーツの販売も行われている。
ただ、どちらかというと庶民向けの店なので、ちょっと驚きだ。
「私がこのようなところに、と驚いていますか?」
「あ、いや……うん」
「ふふ、そんなに気まずそうな顔をなさらなくても」
「ごめんね。ナナカは貴族だから、ちょっと意外だなあ、って」
「それなりに格式高い店に行くことは多いですが、でも、こういった楽しいところも好きなのですよ」
「楽しいところ?」
「ええ、楽しいと思いませんか? 気軽に入ることができて、民の笑顔があふれている。とても楽しいところですよ」
「……」
正直、そんな感想が出てくるとは思っていなかった。
思えば、ナナカとは事務的な話をしただけで、こうして踏み入った話をしたことがない。
彼女の家を調べるよりも先に、まずは、彼女自身について調べるべきだったかも。
「それに、フェイト様とご一緒なので、とても嬉しいです」
「あ、えっと……」
「ふふ。告白のことは、今は気にしないでくださいませ。お食事を楽しみましょう」
「……どうして、僕に?」
「危ないところを助けていただいて、一目惚れなのですが……そうですね。他に理由を探すのなら、フェイト様がとても強いから、でしょうか」
「強い……?」
僕は、まだまだ未熟だ。
……なんてことを思うけど、それを口にしたら話が先に進まないと思ったので、黙っておいた。
「エイシア家の女性は、代々、強い方を迎え入れてきたのです。その血が私にも流れているのでしょうね」
「……エイシア家について聞いてもいい?」
「はい、なんなりと」
「ずっと、このオーシャンホエールを治めてきたんだよね?」
「ずっと、ではありませんが……そうですね。オーシャンホエールを観光地として開発をして、それからはずっとですね。そのような偉業を成し遂げたご先祖様のことを、私は誇りに思いますわ」
家のことを聞いたのは、特に不審に思われていないみたいだ。
「強い人を迎えてきた、っていうのは?」
「領主となるか、あるいは補佐するか。どちらにしても、弱い方には務まりませんので。なので、本能的にそういった方に惹かれるようになっているのかもしれません」
「なる、ほど」
納得できる話だ。
できるんだけど……
うーん。
どこかで引っかかりを覚えた。
ナナカの言う『強い人』は、もっと違う意味が含まれているような、そんな気がしてならない。
別の意味で強い人を求めているような気がしてならない。
ちょうど、そんな組織を知っている。
『黎明の同盟』。
彼らは復讐を果たすために、力だけを追い求めていた。
どこか似ているところがある。
そう考えてしまうのは、僕の早とちりなのか?
あるいは……
「あのさ」
「はい」
「……ナナカは、聖獣って知っている?」
大きく踏み込んでみることにした。




