421話 黒薔薇の紋章
リコリスが手にしたのは、小さなメダルだ。
……本人にとっては、ものすごく大きいけど。
鮮やかな輝きを放っているところを見ると、たぶん、金で作られているのだろう。
しかし、刻まれている薔薇は黒に染められている。
黒薔薇の紋章、といったところかな?
「ナナカの家の紋章かな」
「おそらく、そうでしょうが……ふむ?」
ソフィアが怪訝そうな顔に。
「どうしたの?」
「一応、私も貴族なのですが……しかし、このような紋章は見たことがなくて」
「貴族のことなんて知らないけどさー。ソフィアって、全部の貴族を知ってるわけじゃないでしょ? 冒険者をやってるんだし。ボクと違って記憶容量低そうだし」
「レナは、いつも一言余計ですね……」
「えー。事実しか言ってないよ?」
「ふふふ」
「へへへ」
二人は睨み合い、バチバチと火花が散る。
やめて。
こんなところでケンカをしないで。
屋敷が吹き飛んじゃう。
「確かに、全ての貴族を知っているなんてことは無理ですが、それでもこの紋章が異質であることはわかります」
「と、いうと?」
「紋章を黒に染めるなんて、普通はしませんよ」
ソフィア曰く……
貴族の紋章というのは、その家を表しているもの。
故に、剣や薔薇などの華やかなデザインにして。
金などの華やかな色にすることがほとんどらしい。
黒は、他の色と比べると地味だ。
なによりも、どこか不吉な感じがしてしまう。
「そういったことを考えると、黒を選ぶなんてことはありえないのですが……いえ。逆に、だからこそ名誉であるという考え方も、一部ではありますね。特別な紋章を授かるほどの栄誉を成し遂げた、とか?」
「なんか意味深ね。ふふーん、ここは、名探偵リコリスちゃんの出番かしら?」
「迷う方の迷探偵じゃないの?」
「違うし! ってか、レナ、あんた新参者のくせに言うわね」
「ボクは素直だからねー」
「むきー!」
なんだかんだ、二人は仲が良さそうだった。
――――――――――
あれから、僕はリコリスと一緒に街に出た。
観光地だから色々な施設がある。
図書館も設置されていて、誰でも気軽に利用することができた。
ありがたい。
「うーん」
屋敷のやりとりが気になり、改めてナナカの家を調べてみることにした。
でも、めぼしい収穫はない。
ナナカから聞いた以上の情報が記されていないのだ。
「リコリス、そっちはどう?」
「ダメね。大した情報はないわ」
手分けして調べているんだけど、リコリスも収穫はないらしい。
こうなると、いよいよ怪しい。
「なにが怪しいのよ?」
「あ。僕、口に出していた?」
「思い切り」
「そっか、気をつけないと」
「それで、どういうこと?」
「記されている情報が当たり前すぎるのと、あと、少なすぎるんだよ」
オーシャンホエールを治めるエイシア家。
これだけの観光地。
そして、歴史ある街。
そこの領主となれば、長い歴史と情報を持ち、たくさんの事柄が記されているはず。
それなのに、得られる情報は大したものがない。
隠さなければいけない、なにかがあるのか。
あるいは、後々で情報が削除されたのか。
「どちらにしても、街で調べるのは限界があるね」
リコリスと一緒に図書館を後にした。
「これからどうしようか?」
「はい! あたし、お肉が食べたいわ!」
「ごはんの相談じゃないんだけど……でも、確かにお腹は減ってきたかも」
空を見上げると、太陽がちょうど真上に登っていた。
調べ物に夢中になっていて、時間の流れを忘れていた。
ソフィア達には、夕方くらいまで出かける、って言っていたから……
「じゃあ、休憩にしようか」
「っしゃー!」
リコリスも女の子なんだから、その喜びの声はどうにかした方がいいと思うよ?
そんなことを思いつつ歩いていると、
「あれ?」
ふと、ナナカを見かけた。