40話 怒られました
「フェイト!」
解放された僕のところに、ソフィアがものすごい顔をして駆けてくる。
あれ、怒っている?
「手を見せてくださいっ、早く!」
「え? あ、うん。どうぞ」
くるっと手を回して、手の平を見せた。
鎌を掴んでいたため、ぱっくりざっくりと切れている。
それなりに深いらしく、傷口が塞がることはなくて、血がダラダラと流れている。
「ああもうっ、こんなに大きな怪我を……!」
「え? こんなの、大した怪我じゃないよね」
「十分に大怪我です!」
そう……なのかな?
ソフィアは慌てているものの、僕は、実のところよくわからなかったりする。
奴隷時代、これくらいの怪我は日常茶飯事だったから……
これが大怪我という認識はないんだよね。
ちょっと痛いくらい、っていう認識?
……ということを話すと。
「ばかっ!」
ソフィアは涙目になり、本気で怒る。
「ばかですか、フェイト! 本当にもう……ばかっ、ばかばかばか!!!」
「え、えっと……?」
「もう、こんなにも私を心配させて……」
「……ソフィア……」
彼女を悲しませてしまったことは、とても申しわけないと思う。
でも、こんな時だけど、僕はうれしいと思っていた。
涙を流すほどに心配してくれる人がいる。
それは、とても幸せなことだ。
ソフィアの優しさが、僕の心を温かくしてくれて……
傷だけじゃなくて、心も癒やしてくれる。
一人だった頃は、絶対に味わうことができなかった経験だ。
とはいえ、泣かせてしまうほど心配をかけさせてしまったことは、やはり、とても申しわけなくて……
「ごめんね、ソフィア。できる限り、無茶はしないから」
「……できる限りではなくて、絶対に、と約束してください」
「それは……ごめん、無理かも」
「どうしてですか?」
「だって、もしもソフィアが危険な目に遭っていたら、僕は、無茶をしてでも助けようとするだろうから」
「……フェイトは、実は過保護なのですか?」
「ソフィアがそれを言う?」
「……ふふっ」
小さくソフィアが笑う。
よかった。
やっぱり、彼女は笑っている方がいい。
かわいいとか綺麗とか、そういう理由もあるのだけど……
でも、それだけじゃなくて、見ていると、とてもほっとすることができるんだよね。
ソフィアの笑顔には、人を安らかにすることができる、不思議な力があると思う。
「あんたら、あたしのこと忘れてない?」
本気で忘れていたため、リコリスのジト目が痛い。
とりあえず、適当に笑ってごまかしておいた。
「まったく……とりあえず、手、見せてみなさい」
「こう?」
「うわ。スッパリ切れてるわね……でもまあ、これくらいなら」
リコリスが手をかざすと、温かい光に包まれた。
時間を逆再生するかのように、傷口が塞がっていく。
「え、すごい」
「これは、もしかして妖精の力ですか?」
「まーねー! あたしくらいになると、これくらい楽勝よ、ふふんっ!」
「ありがとう、リコリス」
流れた血は元に戻らないみたいだけど、でも、十分。
傷口が塞がるだけで相当にありがたい。
「よし、これなら探索を続けても大丈夫かな? それで、棲み着いていた魔物は死神で終わりだよね? 実は他にも、なんていう展開はないよね?」
「大丈夫、心配しないで。あの死神一匹だけよ」
「そっか、よかった」
「ところで……そこそこ派手に戦いましたが、リコリスの大事なものは無事なのですか? あるいは、死神に荒らされているという可能性も……」
「んー……たぶん、大丈夫だと思うけど。でも、そう言われると不安になってきたわね。今すぐに確かめましょう」
リコリスは、ふわりと部屋の奥の扉に飛んでいく。
やはり、あそこが宝物庫なのだろう。
リコリスの大事なものも、その中にあるはず。
鍵が開けられた様子はないのだけど、でも、相手は死神。
扉をすり抜けて中へ入り、悪さをしていたかもしれない。
「開きなさい」
リコリスの呪が鍵となっていたらしく、声に反応して扉が開く。
リコリスは扉が開き終えるよりも先に、隙間から宝物庫へ入る。
僕達も彼女を追い、宝物庫へ移動した。
「うわぁ……」
思わずそんな声をこぼしてしまうほど、中はたくさんの財宝で満たされていた。
山積みされた金貨。
たくさんの宝石がつけられた装飾品。
中に光球が浮いている小瓶、オーロラのような羽衣……見たことのないアイテムもある。
「すごいですね……これほどの財宝が残されているなんて」
「あんたら以外の冒険者は、十層が最下層と勘違いしてて、そこで引き返していったからねー。宝物庫は手つかずで、宝は貯まる一方。で、こんな状態になってるわけ」
妖精は宝物が好きで、カラスが光り物を集めるように、気に入ったものを収集して保管する習性がある。
ここにある宝物も、全部、リコリスが集めたものなのだろう。
「リコリスの大事なものっていうのは?」
「……」
返事はない。
ただ、答えを示すかのように、リコリスは宝物庫の奥へ飛んでいく。
後を追うと、たくさんの財宝に囲まれるようにして、簡素なお墓があった。
とても小さなサイズだ。
花が供えられている。
特別な花なのか、しおれることなく枯れることもなく、優しく輝いている。
「それは……」
「あたしの友達のお墓よ」
「そう、なのですか……それが、リコリスの大事なものなのですね」
「そういうこと」
リコリスは。どこからともなく花を取り出すと、お墓に捧げる。
そして、両手を合わせて祈る。
僕とソフィアも彼女に習い、祈りを捧げた。
名前も知らないリコリスの友達……
どうか、安らかに眠ってください。
「ここにある財宝って、大半があの子が集めてきたものなの」
「そうだったんだ……てっきり、リコリスが集めたものかと」
「財宝は嫌いじゃないけど、そこまで好きっていうわけじゃないから。あの子が集めて……でも、途中で失敗して、血だらけでここに戻ってきて……そのまま」
「……」
「大丈夫よ。気持ちの整理は、もうついているから」
そう言うリコリスは、確かに、スッキリとした顔をしていた。
強がりなどではなくて、特に問題はないのだろう。
「お墓が荒らされていないか、それだけが心配だったけど……でも、そんなこともなかった。で、魔物も無事に追い払うこともできた。これも、あんた達の……ううん。フェイトとソフィアのおかげよ。ありがとう」
リコリスはにっこりと笑う。
その笑顔は、太陽のように輝いていた
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