391話 おやすみなさい
しばらくの間、ジャガーノートはアイシャとスノウを睨みつけていたけど……
「……やめダ」
不意に殺気を消した。
つまらなそうに鼻を鳴らして、その場に伏せる。
「興が削がれタ」
「えっと……」
それはつまり、戦いを止めるっていうこと?
あれだけの怒りを抱えて。
あれだけの憎しみを抱えて。
人間との戦いを誰よりも望んでいたはずなのに、でも、終わりにする?
信じられない。
騙し討ちを企んでいると考えるのが自然だ。
でも……
怒りと憎しみに吠えていたジャガーノートは、今はとてもおとなしい。
それと、いつの間にか黒い感情は消えていた。
水面が凪ぐように。
とてもとても静かで、落ち着いていた。
それを成し遂げたのはアイシャとスノウだ。
戦うことだけを考えていた僕達と違い。
二人は対話を試みて。
そして、見事に成功させた。
「小娘……名前ハ?」
「アイシャ。この子は、スノウ」
「アイシャ、スノウ……そうカ。悪くない名だナ」
気のせいかもしれないけど……
今、ジャガーノートが小さく笑ったような気がした。
「昔、お前達のようなものがいれバ、あるいは我ハ……いヤ、考えても仕方ないことカ」
ジャガーノートの体がゆっくりと崩れていく。
尾の先から。
手足の先から。
細かい塵になって、サラサラと風に飛ばされていく。
「あっ……!?」
「キューン……」
「小娘と我の子孫ヨ、我に同情するカ?」
アイシャはなにも言わない。
ただただ、寂しそうに悲しそうにして、耳をぺたんと垂れていた。
「眠るの……?」
「そうだナ……我は眠ル。もウ……疲れタ」
それはジャガーノートの本心に聞こえた。
怒りをまとい。
憎しみで突き進み。
しかし、その果てに残るものはなにもない。
長い時間を過ごしてきたけど、結局、心は満たされない。
疲れ果てて。
心と魂が削れる。
ここにいるのは聖獣でも魔獣でもなくて、ただの孤独者だ。
「~♪」
ふと、アイシャが歌を歌い始めた。
ちょっと拙いけれど、一生懸命に歌う。
スノウもそれに合わせて鳴いた。
それは子守唄。
ソフィアがよく歌っていたものだ。
母から子に。
アイシャは、受け継がれたものをジャガーノートに捧げる。
鎮魂歌。
「……あァ……」
ジャガーノートの体の崩壊は止まらない。
ほぼほぼ全身が崩れ、頭部にまで及ぶ。
それでも、ジャガーノートは絶望しない。
むしろ、安らかな表情を見せていた。
「お前の歌ハ……温かいナ。我が失イ、そしテ、忘れていたものダ……こんなにも温かいものだったのだナ……」
ジャガーノートの瞳から、涙が一粒、こぼれ落ちた。
アイシャは微笑む。
「おやすみなさい」
そして……
ジャガーノートは完全に消滅した。
ただ、その眠りはとても穏やかなものだっただろう。
彼の魂は、今度こそ、安らかに眠れる。
ずっと。
新作始めてみました。
『執事ですがなにか?~幼馴染のパワハラ王女と絶縁したら、隣国の向日葵王女に拾われて溺愛されました~』
こちらも読んでいただけると嬉しいです。




