390話 一緒に……
「ジャガーノートは……!?」
着弾時に発生した土煙が少しずつ晴れてきた。
確かな手応えはあった。
でも、倒したと断言することはできない。
僕達は油断なく剣を構えて……
ほどなくして土煙が晴れる。
「ぐゥ……うアアア……お、おのレ、人間メ……」
ジャガーノートは生きていた。
頭部に大きな穴を開けて。
大量の血を流して。
それでもなお、生きていた。
普通の生き物なら死んでいるはずだ。
これが魔獣の力……?
いや、違う。
これは執念だ。
過去に受けた酷い仕打ちを忘れることができず、絶対に復讐を果たすという暗い執念。
それがヤツに力を与えている。
絶対に終わってたまるものか、という怒りと憎しみが体を動かしている。
「まずいですね……」
「うん、やばいね……」
ソフィアとレナが難しい顔に。
なんのことか不思議に思っていると、リコリスが僕の肩に戻ってきて、説明してくれる。
「あいつ、下手したらゾンビ化するわよ」
「えっ」
「ゾンビっていうのは、生に強い執着を持ったヤツがなったりするから。このままだと……」
「それ、最悪の事態じゃないか!」
ジャガーノートがゾンビ化して、不死性を獲得したら、もう手に負えない。
絶対に倒せないとまでは言わないけど、さらに被害が拡大することは確実だ。
そんなことにならないように、今、ここで倒しておかないと……!
でも、これだけのダメージを与えてもジャガーノートは沈まない。
怒りと憎しみを支えに、生にしがみついている。
いったい、どうすれば……
「もう……やめよ?」
「キューン」
ふと、アイシャとスノウが前に出た。
「アイシャ!?」
「アイシャちゃん!?」
ソフィアと一緒に急いで追いかけるものの、それよりも先に、二人はジャガーノートの前に移動してしまう。
「巫女と我の子孫カ……くくく、いいゾ。その身を捧げロ。そうすれば、我はさらに力を得ることガ……」
「オンッ、オンッ! キューン……」
「我を咎めるカ……? 我の子孫ならバ、我の血肉になることを光栄ニ……」
「ちがう」
「なニ?」
「スノウは怒ってないよ。もう止めて、って泣いているの」
「なにヲ……なにを言っていル……?」
まったく怯まないアイシャに、ジャガーノートは戸惑いを覚えている様子だった。
僕達も戸惑いを抱いて、ついつい様子を見てしまう。
というか……
今、アイシャとスノウの邪魔をしてはいけない。
なぜかわからないけど、そう、強く感じたんだ。
「もうやめよう? 怒ってばかりだと悲しいよ。寂しいよ」
「なにを言うカ……! この小娘ガ!!!」
ジャガノートが怒りに吠えた。
「我は奪われたのダ! 仲間を、子を、愛しい者を……尊厳だけではなくて、心も魂も、全てを奪われたのダ!!! そのようなことを許せると思うカ? 思わヌ! なればこそ奪い返してやるのが道理というものダ!」
「でも、それじゃあいつまで経っても終わらないよ」
「なんだト?」
「ずっと終わらないよ。悪いこと、ずっと続いちゃう。だから、終わらせないと」
「我に我慢しろというのカ!? この怒りと憎しみを捨てろというのカ!?」
「そんなものいらない」
質量すら伴うような怒りと憎しみを叩きつけられて。
それでもアイシャは怯まない。
むしろ、真正面からきっぱりと言い返してみせた。
「ぽかぽかがあればいいの。むー、って顔になっちゃうようなものはいらないの」
「小娘、貴様……」
「わたし、おとーさんとおかーさんに会って、にっこり笑えるようになったの。心がぽかぽかになったの。その方がいいよ、絶対にいいよ。だって、楽しいから」
「……」
「だから、あなたも……一緒に笑お?」
アイシャはにっこりと笑い、ジャガーノートに手を差し出した。
スノウもその隣に並んで、じっとジャガーノートを見つめる。
誰もがジャガーノートを倒すべき敵と位置づけていたけれど、アイシャとスノウは違った。
二人は、まず最初に対話を試みた。
話をしたい、気持ちを知りたい……そう思った。
そこにあるのは純粋な、真っ白な心。
全てを浄化するような優しさ。
それは、アイシャとスノウだからできたことだ。
僕達には、とてもじゃないけど思いつかなかった。
そして……
新作始めてみました。
『執事ですがなにか?~幼馴染のパワハラ王女と絶縁したら、隣国の向日葵王女に拾われて溺愛されました~』
こちらも読んでいただけると嬉しいです。