37話 妖精リコリス
「はーなーしーなーさーいー!!!」
「いたっ!?」
小さな女の子にがぶりと噛みつかれて、思わず手を離してしまう。
その隙に、女の子は飛んで逃げる。
……飛ぶ?
「これって……」
よくよく見たら、女の子には四枚の羽が生えていた。
透き通るほどに綺麗で、まるでガラス細工のようだ。
それと、やはり小さい。
手の平サイズで、それと、ゆったりとしたワンピースのような服を着ていた。
あんな服が売られているとは思えないから、自作なのだろうか?
目尻は釣り上がり気味で、強気で勝ち気な印象を受ける。
ただ、愛嬌のあるかわいらしい顔をしているせいで、全体的に愛らしさが勝る。
「ちょっと、そこのあんた!」
女の子がビシッと俺を指差して、怒りの表情で言う。
「レディの扱いがなっていないんじゃないの? このあたしを、がしっと鷲掴みになんてどういうこと?」
「えっと……ご、ごめん?」
「ふんっ、謝れば許してもらえるとでも? はっ、甘々ね! 収穫したばかりのはちみつくらいに甘いわ!」
小さな女の子はものすごく怒っていた。
でも……よくよく考えたら、それも当然かもしれない。
いきなり体を掴まれたんだ。
とても恐ろしいだろうし、悪気がなかったとしても、そうそう簡単に許せることじゃないだろう。
僕は深く頭を下げる。
「本当にごめん」
「え?」
「なにかいる、と思って手を伸ばしたらキミを掴んでいて、怖がらせようと思ったわけじゃなくて……って、これは言い訳だよね。本当にごめん。僕にできることがあれば、なんでもするよ」
「えっと……」
小さな女の子は、虚を突かれたかのように目を丸くした。
ややあって、ため息。
「あんた、あたしを捕まえに来たわけじゃないの?」
「そんなことはしないよ」
「本当に?」
「女神に誓って」
「……信じてあげる。それと、許してあげる」
小さな女の子はにっこりと笑う。
よかった、機嫌を直してくれたみたいだ。
「ところで、あなたは誰なのですか?」
様子を見ていたソフィアが、我慢の限界という感じで尋ねた。
「ふふーん、このあたしのことが気になるの? 気になるのね? それも仕方ないわねー。なにしろ、こんなにも愛らしく可憐なんだもの。気にならない方がおかしいわ」
「もしかして、妖精ですか?」
「そう! その通り! 天下無敵の美少女妖精リコリスちゃんとは、このあたしのことよ!!!」
妙な決めポーズを決めつつ、小さな女の子……妖精のリコリスは、そう名乗った。
「まさか、妖精と出会うなんて……」
「さすがに、この展開は私も想定していませんでした」
妖精は希少種だ。
その容姿に興味を持つ者が多く、昔、乱獲が行われたみたいで……
今では、人前に姿を見せることはほとんどない。
それが、こんなところで遭遇するなんて。
「リコリスは……あ、名前で呼んでもいいかな?」
「ええ、構わないわ。というか、二人も自己紹介しなさいよ」
「あ、そうだね。ごめん。僕は、フェイト・スティアート。冒険者だよ」
「私は、ソフィア・アスカルトです。同じく冒険者です」
「へー、冒険者なのね。なんで、こんなところに?」
「妖精が鍛えたと言われている剣がこのダンジョンにあると聞いて」
「剣? えっと……ああ、アレのことね」
「知っているの?」
「ええ。あたしが管理しているわ。ここ、最下層じゃなくて、実は十一層があるのよ。そこが宝物庫になっていて……はっ!?」
なにかに気がついた様子で、リコリスは顔色を変えた。
ピューと、慌てた様子で天井ギリギリまで飛ぶ。
「このあたしをうまく誘導して、宝物庫の話をさせるなんて、やるわね!」
「いや、えっと……」
「でも、あたしはなにも話さないわよ! どんなことをされても……えっちなことをされても、絶対に話さないわ!」
「……フェイト?」
「なにもしないからね!?」
ソフィアが冷たい笑顔でこちらを見るので、慌てて否定した。
「リコリス、誤解をしないで。僕達は、無理矢理になんて思っていないよ」
「ふんっ、どうかしら。人間の言うことなんて、信じられないわね」
「それは……うん、そう思われても仕方ないと思う」
「え?」
「ひどいことをしてごめん」
「……なんで、あんたが謝るのよ? 別に、あんたが妖精狩りをしたわけじゃないんでしょ?」
「でも、それは人全体の罪だと思うから。だから、ごめんなさい」
「……」
リコリスは、片方の眉をひそめた。
それから、ゆっくりと降りてくる。
「フェイトは、変わった人間なのね」
今、僕のことを名前で……?
「確かに、フェイトは変わっているかもしれませんね」
「えぇ、ソフィアまで」
「ですが、そこがフェイトの良いところなのですよ。私も人間なので、あまりアテにならないかもしれませんが……彼は、リコリスが知る人間とは違うということを保証いたします」
「同じ人間が言っても、本当にアテにならないわね」
「ですが、私は同じ女です」
「……」
「そこで、多少は信用していただけませんか?」
「……仕方ないわね」
リコリスは、ふわりとソフィアの肩に降りた。
「フェイトと……ソフィアだっけ? あんた達は、確かに他の人間と違うみたい。害を与えようとしているわけじゃないって、信用してあげる」
「ありがとうございます。それで、できれば剣が欲しいのですが……ダメでしょうか?」
「んー……まあ、あたしは剣なんて使えないしいらないし、あげてもいいんだけど、条件をつけてもいい?」
「なんですか?」
「あたしのお願いを聞いてほしいの」
リコリスは再び宙を飛び、僕達の前で滞空する。
「実のところ、あたしは二人のような人間を待っていたの。このダンジョンを踏破する力を持っていて、なおかつ、信頼できそうな人間を」
「どういうこと?」
「実は、最下層……あ、十一層の本当の最下層のことね? そこに、魔物が住み着いちゃったのよ」
「そんなことが……」
「フェイト達が欲しがっている剣とか、そういうのはわりとどうでもいいんだけど……でも、あたしの大事なものも宝物庫にあるの」
「大事なもの?」
「そう……とても大事なもの。ともすれば、あたしの命よりも大事よ」
そう言うリコリスは、とても辛そうな顔をしていた。
大事なものが手元になくて、魔物にどうかされているのではないかと、不安に思っているのだろう。
「ソフィア」
「はい、フェイトの好きなように」
「ありがとう」
頼りになるだけじゃなくて、理解もしてくれて、とてもありがたい。
「その依頼、請けるよ」
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