355話 一騎打ち
宿の裏手に出ると暗闇が広がっていた。
表通りならともかく、裏通りにまで明かりは広がっていない。
月明かりだけが頼りだ。
ただ、今夜は曇り。
曇の隙間からわずかに月明かりが差し込むだけで、わずかに地面が照らされている。
「良い夜ですね。月は隠れているものの、風は穏やかで過ごしやすいです。そう思いませんか?」
「そうだな」
暗闇の中から現れたのは、大柄な男だ。
その身にふさわしい大剣を背負っている。
黎明の同盟の幹部の一人、ゼノアスだ。
「あなたは?」
「ただの剣士だ……黎明の同盟に所属しているけどな」
「なるほど。では、敵ですね」
「お前は、噂の剣聖か?」
「どの噂なのかわかりませんが……ソフィア・アスカルトです」
「間違いないようだ」
ゼノアスは背中の剣に手を伸ばした。
その切っ先をソフィアに向ける。
ソフィアもまた、剣を手にする。
聖剣エクスカリバー。
初手から最強の切り札を使うことにした。
そうでなければいけない。
手加減も様子見もできる相手じゃない。
それを理解しているからこそ、ソフィアは全力を出すことにした。
ただ、問題はアイシャ達のことだ。
ゼノアス以外の敵がいたとしたら対処できない。
「安心しろ」
ソフィアの胸中を読んだかのように、ゼノアスが淡々と告げる。
「ここに来たのは俺だけだ。部下も仲間も連れてきていない。また、俺の独断なので、他の連中が勝手をすることもない」
「……ずいぶんと親切ですね?」
「他のことに気をとられ、全力を出せないなんてもったいないことはしてほしくない。やるからには、全力の剣聖を叩き潰す……それだけだ」
「なるほど。確かにあなたは『剣士』ですね」
ソフィアは苦笑した。
そして、わずかにだけどゼノアスに共感を覚えた。
剣を扱う者として、二人には通じる者がある。
剣を振る目的はまったく違うものの、力に対する姿勢はとてもよく似ていた。
「ただ、勝手をしている以上、それなりの成果は出さないといけないからな。俺が勝った場合、巫女と神獣はいただく」
「させるとでも?」
「さてな。どうなるか、俺もわからん。答えは剣が知るだけだ」
ゼノアスの闘気が高まる。
空気がビリビリと震えて、近くの小動物達が慌てて逃げ出していく。
ソフィアもまた、静かに力を溜めていく。
ゼノアスが荒ぶる高波なら、ソフィアは静かに打ち寄せてくるさざ波だ。
普段は穏やかに、ただただ静かに。
しかし、時に岩を砕くほどの力を発揮する。
「……」
「……」
互いに視線を交わして、
「あ、そうです」
ふと、思い出したようにソフィアが尋ねる。
「フェイトのこと、知りませんか?」
「フェイト? ……あの小僧か」
「知っているようですね。少し前から行方不明なのですが……なにかしましたか?」
「一戦、交えただけだ」
「結果は?」
「ついていないな。途中で逃げられた」
「そうですか……」
つまり、フェイトが逃げると判断してしまうほどに追い詰められた。
その後の行方が心配ではあるが、ゼノアスの口ぶりからしてまだ生きてはいるのだろう。
そう判断したソフィアは改めて剣を構える。
「失礼しました。もう聞きたいことはなにもありません」
「そうか。では……」
ゼノアスも剣を構える。
闘気と闘気が激突して、ビシビシと空気が悲鳴をあげる。
「「死合おう」」




