351話 スラム街へ
「んー……こっちかな?」
レナは時折足を止めつつ、王都をゆっくりと歩いて回る。
フェイトを探して、そろそろ3時間が経とうとしていた。
手がかりは見つからない。
ただただ勘で動き回っている。
それでもレナは焦っていない。
むしろ余裕すらあった。
レナは勘が鋭い。
その勘のおかげで今まで生き延びることができて、そして、強い剣士になることできた。
だから、なんとなくだけどこっちにフェイトがいるかも? と勘が働いているうちは焦る心配はない。
「だいぶ近づいてきた感じ?」
そう言うレナは、王都を囲む壁の外に出ていた。
そこはスラム街になっていた。
他所からやってきたものの、居場所を得ることができず壁の外で暮らすしかない者。
あるいは、犯罪を犯して街を追われた者。
そんな者達が壁の近くに住み着いて、スラムが形成されていた。
王都の闇が凝縮されたような場所だ。
一歩でも踏み込めばどんな目に遭うかわからない。
盗賊でさえ恐れて近づかない。
そんな場所を、レナは鼻歌を歌いつつズンズンと突き進む。
レナのような美少女がスラムに足を踏み入れれば、10分と保たず襲われるだろう。
金目のものは全て取られ、服を奪われ、犯されて……
そして人生が終わる。
そのはずなのだけど……
「「「……」」」
スラムの者達は静かだった。
レナに襲いかかることはなくて、ただ視線をやるだけ。
彼らは獣のように凶暴で、外から来る者に容赦しない。
しかし、獣だからこそ危険に対して人一倍敏感だ。
レナが只者でないことを一目で察して、ちょっかいをかける者はほとんどいない。
……ほとんど、というだけで、少しはいた。
そして、そういった愚か者は漏れなく返り討ちに遭う。
下卑た笑みを浮かべた男がレナの前に出て、欲望をぶつけようとして……そして、瞬殺されていた。
ばかなヤツ……と、周囲のスラムの者達は哀れみの視線を送る。
「ねえねえ、おじさん。ボク、フェイトを探しているんだけど知らない?」
自分の二倍はあろうかという大男を軽々と制圧しつつ、レナが笑顔で尋ねる。
「ふぇ、フェイト……? な、なんのことだ?」
「知らない? ボクと同じくらいの歳の男の子。強いだけじゃなくて、めっちゃ可愛いの。抱きしめたい男の子ナンバーワン! ……知らない?」
「し、知らねえよ、そんなヤツ……ただ」
「ただ?」
「見たことのねえ大男なら見かけたことがある」
「大男?」
「背は俺と同じか、ちょい上くらいで、無骨な感じで……なんかもう、一目見てやべえ、って背中が震えるような男だった。あれはマジでやばい……鈍感な俺でも、死ぬ、って思ったからな……」
「……ゼノアスかな?」
他に思い当たる男がいない。
レナは少し真面目な顔をして考える。
「そいつが少し前、ここで暴れてたんだよ。俺は、それくらいしか知らねえよ」
「ほんと?」
「ほ、本当だ。だから……」
「オッケー。じゃあ、腕一本で許してあげる」
「ぎゃあ!?」
レナは男の腕を折り、それから拘束を解いた。
「ひ、ひぃ……ど、どうしてこんな……」
「ボクを襲おうとしたのに、命は助けてあげるんだから感謝してほしいくらいなんだけど? ボクも女の子だから、キミがしようとしたこと、今までしてきたであろうことを考えると、ムカツクんだよねー……やっぱり殺そうかな?」
「ひぃやあああああ!?」
レナの殺気を浴びせられて、男は脱兎のごとく逃げ出した。
その背中を見送りつつ、レナは難しい顔を作る。
「たぶん、ゼノアスがここにいて……フェイトもここにいた。二人は戦って……それから? それからフェイトはどこに?」
レナは手頃な木箱に腰掛けて、腕を組む。
つま先で地面をリズミカルに叩きつつ、思考を広げた。
「フェイトの気配はしない。ゼノアスの気配もしない。戦いはもう終わっている。フェイトがやられた? ううん。嫌な感じはしない。なら、逆にゼノアスが倒された? ううん。あのゼノアスが簡単にやられるわけがない。なら……」
ぶつぶつとつぶやきつつ、レナは考える。
考えて。
迷い。
そして閃く。
「フェイトは……負けた。そして、ここに逃げ込んだ?」




