350話 暗闇の中で
「……ぅ……」
ぽつり、ぽつり。
なにかが頬に当たっている。
冷たい。
これは……
「……水……?」
反射という感じで、ゆっくりと目を開けた。
それと同時に全身の感覚が戻ってきて……
「あっ……ぅう!?」
激痛に悲鳴をあげてしまう。
痛い。
痛い。
痛い。
神経を針で刺されているかのようだ。
指先を動かすだけで、耐えられないほどの痛みが襲いかかってくる。
うめき、涙をこぼしてしまう。
「僕、は……」
必死に痛みを我慢しつつ、なにが起きたか思い返す。
宿で待機して……
ゼノアスに襲われて……
必死になって逃げたけど、あいつの一撃を食らって……
「……そうだ、負けたんだ……」
なにもできなかった。
時間を稼ぐので精一杯。
アイシャ達が逃げるのを待って……
その後は防戦一方。
いや……防戦にもなっていなかったと思う。
遊ばれていただけ。
こちらは必死になって、全てを出し切り、なんとか耐えたものの……
ゼノアスは余裕があった。
まだまだ力を隠し持っていた。
「……あの人は、なんであんなに強いんだろう……」
自然とそんな疑問が口からこぼれた。
僕はそれなりに強くなったと思う。
うぬぼれ……ではないはず。
いくつもの修羅場を潜ってきた。
たくさんの強敵を相手にしてきた。
でも、それらで得た技術や経験、知識は……無駄だった。
ゼノアスにまったく通用しなかった。
いったい、どれだけの研鑽を積めばあれほど強くなることができるのだろう?
どれだけ剣を振れば、あの領域に至ることができるのだろう?
「ソフィアのところに……戻らないと……」
きっと心配している。
早く戻って元気……ではないけど、無事なところを見せてあげないと。
それからレナ達と協力して、黎明の同盟に立ち向かわないと。
そして、ゼノアスにリベンジを……
「……リベンジ?」
もう一度、ゼノアスと戦う?
天と地ほども差がある実力者を相手に、剣を振る?
「……嫌だ」
自然とそんな言葉が漏れ出た。
体が震える。
怖い。
怖い。
怖い。
あんな化け物と戦うなんて。
もう一度、剣を交わすなんて。
そんなことは……
「怖いよ……」
どうしても体の震えを止めることができなくて、僕は、自分で自分を抱きしめる。
それでも寒さも恐怖も止められず、ただただ震えていた。




