342話 レナの事情
レナの両親は黎明の同盟の一員だ。
活動を通じて知り合い、仲を深めて、そして結婚。
レナが生まれることになった。
物心ついた時から黎明の同盟の知識に染まっていた。
だから、黎明の同盟が正しいと信じるのは当たり前。
その言葉を疑うことは欠片もない。
その後、なにげなく持った剣を、レナは子供ながら軽々と振るってみせた。
それを見た両親は歓喜したという。
娘には剣の才能がある。
将来、とんでもない剣士に育つだろう。
そして……
その力で黎明の同盟の使命を果たすことができるはずだ、と。
まだ子供のレナは、本当の意味でなにが正しいかわからない。
両親の言葉は絶対で、そして、黎明の同盟の意思も絶対だ。
言われるまま剣の修業を始めた。
レナに才能があったのは本当だった。
みるみるうちに上達する。
常人が一日に1を覚えるとしたら、レナは一日に10を覚えることができた。
ほどなくして、黎明の同盟の幹部であるゼノアスが彼女の剣の師匠になった。
そうするだけの価値があると認められたのだ。
両親はさらに喜んで、レナにがんばるように言った。
そしてレナは……両親の期待に応えようと、さらに剣の稽古に力を入れるようになった。
物心ついた時から黎明の同盟の思想に染まり。
そして、剣を学ぶことだけを考えるようになって。
……他に、なにもない。
友達はいない。
子供らしく遊んだことなんてない。
親の愛情も知らない。
小さい頃のレナは、それこそ人形のように動いていた。
自分の意思なんてない。
決定権なんて持っていない。
周囲に言われるまま、望まれるまま剣を学んでいた。
本人はそれを疑問に思うことはないし、周囲に正すような者もいない。
このまま育てば、冷酷な殺人人形ができあがるだろう。
……そんなある日のことだ。
なぜか、両親にピクニックに誘われた。
母がお弁当を作り、父はたくさんのレジャー用品を手にして、近くの山へ登る。
なぜ、そんな無意味なことをするのか?
レナは不思議に思ったものの、しかし、両親の言うことは絶対だ。
言われるままピクニックに同行した。
実は……
この日、レナの五歳の誕生日だった。
ピクニックに行こうと言い出したのは両親。
日々、剣の稽古で疲れているだろうから、今日はゆっくり休ませたい。
そして、日頃の努力を労いたい。
そう思っていたのだ。
黎明の同盟の思想に染まり、娘に戦う未来を選ばせようとしていても。
それでも、両親はレナを愛していたのだ。
しかし、土砂崩れに巻き込まれてしまうという悲劇が起きた。
レナは死を覚悟したが……死ぬことはない。
両親が己の身を呈して守ってくれたのだ。
父と母はレナを抱きしめて、自分の体を盾として土砂から守った。
おかげでレナは一命をとりとめたものの……
両親は帰らぬ人となった。
レナは、救助が来るまでずっと両親に抱きしめられたままだった。
そして、その温もりがゆっくりと失われていくことを感じていた。
その時になって、ようやくレナは両親の愛情を知った。
自分は愛されていたんだ、と理解することができた。
でも、もう遅い。
両親は……いない。
――――――――――
「っていうことがあったから、どうにもこうにも、誰かの温もりって苦手なんだ。お父さんとお母さんを思い出しちゃうからねー」
「あなたは……」
壮絶な過去を聞いて、ソフィアはどんな言葉をかけていいかわからなくなってしまう。
エリンも同じ様子で言葉が出てこないらしい。
そんな二人を見て、レナがにへらと笑う。
「そんな顔しないでってば。当時は悲しかったけど、今は、あれはあれでいいかな、とか思っているし」
「どういうことですか?」
「あの事件がなかったら、ボク、お父さんとお母さんに愛されていたなんてわからなかったから。二人が死んじゃったのは悲しいけど……でも、愛されていることがわかったから、それはそれでいいのかな、って」
親の愛を知らない。
しかし、親の死をきっかけに愛を知る。
なんとも皮肉な話だ。
「だから……なのかな」
ふと、レナは真面目な顔になる。
「ボク達黎明の同盟は、先祖の恨みを晴らすために戦ってきた。でも、そのために方法を選ばなくて、誰かの大事な人を奪ってきた。そのことをフェイトが教えてくれたから……ボクは、もうやめよう、って思ったんだ」