341話 エリンの事情
「……っ……」
ゆっくりと共同墓地を目指すソフィアとエリン。
途中、ソフィアがびくりと体を震わせた。
エリンが不思議そうに小首を傾げる。
「どうしたのですか?」
「いえ、なんていうか……」
ソフィアは後ろを振り返る。
その視線の先に街がある。
アイシャとスノウとリコリス。
そして、フェイトが待ってくれているはずだ。
待ってくれているはずなのだけど……
なぜか、もう二度と会えないという恐怖を感じた。
「……なんでもありません」
気のせいだろう。
敵地に近づいているから緊張して、そんなことを考えてしまうのだろう。
ソフィアはそう結論づけて、先へ進んだ。
「もうすぐアジトにつくよ」
先頭を行くレナは呑気に言う。
いつ敵と遭遇してもおかしくないのだけど、彼女はそれをまるで気にしていないみたいだ。
敵と遭遇しても、斬り捨てればいいと考えているのか。
脅威になる相手なんていないと考えているのか。
たぶん、その両方だろう。
「……」
「エリンさん?」
ふと、ソフィアはエリンの顔色が悪いことに気づいた。
綺麗に整った顔はやや青い。
わずかではあるものの、こんな寒い夜に汗もかいていた。
「どうかしたんですか? もしかして体調でも……?」
「あ、いえ……」
エリンは苦い表情に。
迷うような間。
ややあって、そっと口を開いた。
「実は……恥ずかしい話なのですが、暗闇が苦手でして」
「そう……なんですか?」
意外な話に、ソフィアは目を大きくして驚いてしまう。
エリンは特務騎士団の一員だ。
エリートの中のエリート。
そんな彼女が暗闇が苦手という。
先頭をいくレナも不思議に思ったみたいで、小首を傾げつつ問いかける。
「おばけが怖いとか? それならちょっとわかるよー。ボクも、ホラー小説とか読んだ後、一人でトイレ行けないもん」
「いえ、おばけは怖くありません。そもそも、おばけなんていません」
「ゴーストっていう魔物はいるよね」
「でも、おばけではありません。おばけなどいません」
頑なに否定するのはリアリストだからなのか。
それとも怖いからなのか。
妙に判断に迷うところだった。
「ただ……単純に、暗闇が苦手なのです」
「それは、どうしてですか?」
「……昔、テロに巻き込まれたことがあるのです」
当時を思い返しているらしく、エリンの表情は暗い。
暗いだけではなくて、わずかに恐怖の色も滲んでいた。
「昔は王都ではなくて、地方の田舎で暮らしていたのですが……そこでテロが起きました。領主に不満を持つ人々が暴れ回り、街に大きな被害が出たのです」
「そういうのって、すごく迷惑だよねー」
「あなたが言えたことではないでしょう……それで、どうなったんですか?」
「私は家にいたのですが、誰かの魔法が直撃して、家が崩れました」
エリンは自分を抱きしめる。
その手は震えていた。
「家が崩壊して、瓦礫に押しつぶされそうになって……でも、うまい具合に瓦礫が重なり、なんとか骨折程度で済みました。ただ……」
「……閉じ込められた?」
「はい。自力で脱出することはできず、そして、街が戦争のような状態にあったため助けが来ることもなくて……三日ほど閉じ込められていました」
「そう……」
つまらない同情はしてほしくないかもしれない。
それでも、ソフィアはエリンに対する同情をしてしまう。
それほどまでに辛い話だ。
「それ以来、暗いところがどうにも……情けない話です」
「そんなことは……!」
「そうそう、恥ずかしく思うことなんてないって」
意外というべきか。
レナがフォローに回る。
「人間、誰だって苦手なものがあるからねー。特務騎士だろうとなんだろうと、そういうのがあるのは仕方ないんじゃないかな? かくいうボクも、人の温もりとか苦手だからねー」
「レナ……?」




