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32話 叩き潰す

「忠告……?」


 ソフィアは、アイゼンの行動に興味はないと言う。

 好きにすればいいと言う。


 ならば、なにをしにここへ来たのか?


 アイゼンが訝しんでいると、ソフィアはスタスタと歩いてきた。

 思わず身構えるが、彼女はアイゼンではなくて、机の上の資料に手を伸ばす。


 それは、アイゼンの不正を明白にするためのものだ。


「やはり、俺を告発するつもりか!?」


 そうはさせないと、アイゼンは剣を抜いた。

 切っ先をソフィアに向けて、牽制する。


 しかし、彼女はまるで気にしない。

 そんなものは見えていないかと言うように、足を止めない。


「ですから、そのようなことはしません。冒険者ギルドについては、今はまだ、そこまでの脅威ではないので……あなたの好きにしたらいいと思います」

「ならば、なぜそれを持っていこうとする?」

「忠告ですよ」

「忠告?」

「同じようなことを繰り返すのならば、コレを公開します」

「なっ……あ、いつの間に……!?」


 注視していたはずなのに、いつの間にか、ソフィアは数歩離れた場所へ移動していた。

 その手には、アイゼンの不正の証拠である書類が握られている。


「それを返してもらおうか」

「イヤですよ?」

「強引にいっても構わないのだぞ」

「私に勝てるとでも?」

「普通なら勝てないだろうな。しかし」


 アイゼンは机の下に密かに設置しておいた魔道具を起動した。


 ブゥン、という音が響いて、周囲の雰囲気が変わる。

 それを感じたらしく、ソフィアはわずかに顔色を変える。


「これは……」

「使用者以外の力を百分の一にする結界を展開した。効果範囲はこの部屋の中だけになるが、とても強力な結界だ」

「へぇ……」

「そして」


 アイゼンは、もう一つ、あらかじめ机に仕込んでおいたスイッチを押す。

 ガチャリ、と扉の鍵が遠隔で閉まる。


「これでもう、逃げることはできない」

「……」

「さあ、痛い目に遭いたくないのなら、その書類を返せ。キミは剣聖だ。いなくなると騒ぎになるだろうから殺さないが……少し、おとなしくしてもらおうか」

「……ふふっ」


 心底おかしいという様子で、ソフィアが笑う。


 その笑みは冷たく、凍りついているかのようだ。

 ゾクリと、アイゼンの背が震えた。


 確かな恐怖を感じていた。

 圧倒的に有利な状況にいるはずなのに、それでも、素手で猛禽類と相対しているかのような、そんな絶望を覚えた。


 ……気の所為だ。


 アイゼンはそう自分に言い聞かせて、ソフィアに迫る。


「返してもらおうか。それと……今後、このようなことができないように、キミの弱みを握っておくことにしよう」

「それは、つまり?」

「女に生まれたことを後悔するといい。あとは、そうだな……首輪をつける意味でも、やはりスティアートを利用するしかないな」

「そうですか……残念ですね。私は、本当に見逃すつもりでいたのですよ? 私に危害を加えようとしても、まあ、そこも我慢するつもりでした。ただ……あくまでもフェイトを、私の大事な幼馴染を利用するというのならば、許せません」

「ふん、この結界の中で、お前になにができる。さあ、まずは書類を……」


 アイゼンは右手を伸ばして……

 そこで、ようやく気がついた。


 肘から先がない。


「……え?」


 ボトリと、腕が床に落ちる音。

 遅れて大量の血が吹き出す。


「ぐっ、あああああ!? な、なんだこれは!? ぐっ、ううううう!?」


 激痛に苛まれ、半ばパニックに陥りながらも、アイゼンはベルトを外して腕に巻いて止血をする。

 なにが起きたか、さっぱり理解できていないが……

 元冒険者なので、条件反射で救命措置をすることができた。


「い、いったい、なにが……?」

「私が斬ったのですよ」


 いつの間にか、ソフィアは剣を抜いていた。

 刃が血に濡れている。


 その言葉に間違いはないのだろうが……

 しかし、いつ?

 まるで見えなかった。


 というか、ありえない。


「バカな……この部屋には、今、結界が……」

「ええ、そうですね。面倒な結界が展開されていますね。おかげで、全力を出すことができません。ですが……」


 ソフィアが殺気を放つ。


「あなたごとき、百分の一の能力でも十分すぎるほどに対処できますよ? 剣聖を舐めないでいただきましょうか」

「ひっ!?」


 この時、アイゼンはようやく理解した。

 自分は今、敵に回してはいけない相手を怒らせている。

 激怒させている。


 死を覚悟した。


「では、私はこれで」


 殺される……そう思っていたのだけど、その予想に反して、ソフィアは踵を返した。

 もうアイゼンに興味はないというかのように、不正の証拠を手に、立ち去ろうとする。


「お、俺を殺さないのか……?」

「最初はそのつもりでしたが……まあ、フェイトがあのように言っていたので、私だけが短気を起こすわけにはいかないかな、と思いまして」

「あのように……?」

「ですが、いつでもあなたを殺せるということをお忘れなく」

「そ、そのようなことをすれば、お前が罪に……いくら不正の証拠があろうと、私刑なんて……」

「私を、法で止められるとでも? 止まるとでも?」


 実際に、彼女は単身で乗り込んできて、アイゼンの片腕を切り落とした。

 なにかあれば、ためらうことなくアイゼンを殺すだろう。

 そのことを実感したアイゼンは、恐怖のあまり言葉を発することができない。


「キミは、なぜ、ここまでのことを……?」

「フェイトを傷つけたからですよ」


 再び、ソフィアに睨みつけられる。

 その瞳は激情の炎が燃えていて、膨大な殺意が凝縮されていた。

 途方もない圧を受けて、それだけで心臓が止まってしまいそうだ。


「あなたがなにを企もうと構いませんが、フェイトを巻き込むことは絶対に許しません。そして今回、シグルドを放置して、間接的ではあるもののフェイトを傷つけて苦しめた……正直なところ、殺してしまいたいですね。腕一本では足りません」

「ひっ……うぅ……!?」

「ですが……フェイトは復讐を望んでいません。彼は、とても優しいですから。なので、私もここまでにしておきます。フェイトの優しさに感謝してくださいね?」

「う……」

「では、さようなら」


 ソフィアは一礼して、部屋を後にした。


 ……数日後。

 大怪我をしたアイゼンが、突然、ギルドマスターを引退すると発表して混乱が起きるのだけど、それはまた別の話だ。

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◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
さらに新作を書いてみました。
【おっさん冒険者の遅れた英雄譚~感謝の素振りを1日1万回していたら、剣聖が弟子入り志願にやってきた~】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
― 新着の感想 ―
[一言] すごいですね ギルマス登場時点では全然予想できてなかったです とは言え、やはり無能でしたね『ギルマス』 チャンスを失っていないことに気づかず取りこぼすあたりが 忠告、の時点では貴方の野心は叶…
[一言] 個人的には当人に理由話して双方納得の上でやるならこうゆう行動は許容範囲だと思うけどね。
2021/03/19 18:29 退会済み
管理
[一言] 逃げ出したアイゼン某マンガキャラとは違いますね!
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