314話 力を求めて
グルド・ヒルディスは、良くも悪くも平凡な男だった。
ヒルディス家の次男として生を受けて、貴族としての教育を受けてきた。
いざという時のために剣の訓練もした。
その実力は中の上。
天才というわけではないが、ほどほどの才を持つ。
それだけ。
他に秀でた才があるわけではなくて、特別な能力を持つこともない。
平凡な男だ。
ただ、グルド本人はそのことを気にしていない。
平凡だからといって、両親が差別をするようなことはなくて、優れた兄と同じに愛してくれた。
優しくしてくれた。
家は、十離れた兄が継ぐことになっているから、特にプレッシャーもない。
将来は兄の補佐をすることになるんだろう、と思っていた。
ターニングポイントは、グルドが十歳の時にやってきた。
家を継ぐはずだった兄が事故で死んでしまったのだ。
他に子供はいない。
グルドが後継者となり……
そして、家を継いだ。
最初は問題はなかった。
天才と呼ばれた兄と比べると劣るものの、一人で為政の全てを行うことはない。
優秀な者にサポートをしてもらうのが当たり前だ。
ヒルディス家は人材が豊富で、若い新しい当主をしっかりと支えることができた。
引退した両親も戻ってきてくれて、色々と助言を授けてくれた。
そのおかげで、最初はうまくいっていたのだけど……
それだけ。
現状維持が精一杯で、領地が発展することはない。
兄が生きていた頃は活発だった街が、とても静かになっていた。
やがて、人々はとある想いを口にするようになる。
「どうして、兄が死んでしまったのだろう? どうして、グルドが残ってしまったのだろう?」
人々はグルドに不満を持っていたわけではない。
ただ、もしも兄が生きていたら? という想いを捨てることができず……
ついつい、そんなことを口にしてしまっていた。
無自覚の言葉の刃はグルドの心を抉る。
ここにきて、グルドは初めて兄と比べられることになった。
そうやって、己が非力であることを、これ以上ないほど嫌というほど認識させられた。
力がないから自分を認めてくれない。
力がないから兄を求めてる。
力がないから……
いつしかグルドは力を求めるようになった。
力さえあれば認めてもらえると、そう錯覚するようになった。
以来、グルドは強くなることだけを考えるようになった。
いかにして力を手に入れるか、だけを考えた。
そして……
ある日、黎明の同盟を名乗る者が接触してきた。
彼らはうさんくさい連中ではあったものの、魔剣という非常に魅力的なアイテムを持っていた。
人を超えた力を持ち主に与えてくれる。
もちろんリスクはあるのだけど……
しかし、力を手に入れられるのならば問題ない。
リスクなんて気にしない。
そう判断したグルドは黎明の同盟と交渉して魔剣を譲り受けた。
そうして、グルドは力を手に入れた。
魔剣の力は想像以上だった。
Aランクの冒険者でさえ、グルドに勝つことができない。
平凡だったはずのグルドが全てを上回るようになっていた。
力を手に入れた。
長年の夢を叶えることができたグルドは、次の行動に出る。
力を得た者が取る行動は?
それは……
己の力を見せつけて、他者を従えることだった。
力があればなんでもできる。
人を思うように動かすことができる。
もう、なぜ兄が生き残らなかったのか、なんて言わせることもない。
そう。
力こそが正義なのだ。
……その日、グルドの心の中で、致命的なエラーが起きたのだけど、本人にも含めてそれに気がつく者はいないのだった。




