30話 過去に決着を
この剣はとことん頑丈だけど、切れ味は普通だ。
なので、うまく刃が通るか不安だったのだけど……
「ぐぁッ!?」
シグルドの脇腹を切り裂くことに成功した。
血が流れ、苦痛のうめき声をこぼす。
「おぉおおお……うぉおおおおおっ!!!」
「えぇ!?」
それがどうした、というような感じで、シグルドが突貫してきた。
まるで砲弾だ。
慌てて横に跳んで回避。
さらなる追撃を避けるために、後ろへステップを踏んで距離を取る。
「ダメージは与えているみたいだけど、でも、そんなことは気にしていない……か」
なんて厄介な。
ドーピングのせいで、脳内麻薬でも分泌されているのか、痛みをまったく感じていないみたいだ。
こうなると、普通の攻撃をしても無駄だろう。
足を折るなどして、行動不能に陥らせるか……
あるいは、首を斬り飛ばして、命を断つか。
そこまでしないと止まらないのかもしれない。
とはいえ、今のシグルドを相手に、そんなことができるのか?
暴れ回る攻城兵器のようなもので、なかなかに厳しい。
「し、ねぇえええええっ!!!」
「ウソだぁ!?」
シグルドは近くにあったベンチを片手で掴み上げると、勢いよく投げてきた。
慌てて避けるのだけど、
「おおおおおぉっ!!!」
そこを狙い、シグルドが距離をつめてきて、剣を叩きつけてくる。
「くっ」
紙一重のところで避けることに成功。
それから、カウンターの一撃。
剣をまっすぐに構えて、シグルドの膝に刃を突き入れる。
「ぐあっ!?」
さすがにこれは無視できなかったらしく、シグルドが片膝を地面につけた。
相変わらず痛みは感じていないみたいだけど……
ただ、膝をやられたことで自由に動けないらしい。
「この俺が、こんな、ところでぇえええええっ!!!」
折れた剣を叩きつけながら、もう片方の拳を振るう。
パワーはすさまじいものの……
膝をやられた影響で、スピードは格段に落ちている。
これならばと思うが……
しかし、ここに来て僕は迷う。
「……どうやって、終わりにすれば?」
完全に僕のペースだ。
同じように、もう片方の足の膝も壊して……
腕の神経などを斬れば、行動不能に陥らせることが可能だろう。
ただもう一つの選択肢がある。
今なら……シグルドを殺すことができる。
この戦いは、僕が制していて……
シグルドの生殺与奪権を握っていると言っても過言ではない。
「……」
そのことに気がついた時、どろどろと暗い感情が湧き上がってきた。
五年もの間、シグルド達に虐げられてきた記憶が蘇る。
無理矢理に奴隷にされた。
何度も死ぬような目に遭った。
涙を流して、血を吐いたのは一度や二度じゃない。
「今なら」
五年の恨みを晴らすことができる。
やりすぎだ、と責められることはないだろう。
ドーピングをしたシグルドの力は驚異的で、手加減なんてできなかった、と言えば信じてもらえるだろう。
このまま殺したとしても……
その首をはねて、復讐を果たしたとしても……
なにも問題はない。
むしろ、そうするべきだというかのように、状況が整いすぎていた。
「……」
襲い来るシグルドの攻撃を避けると同時、カウンターを叩き込む。
剣の腹で側頭部を強烈に叩く。
パワーやスピードがアップしているものの、肉体的強度はそのままらしい。
強烈な衝撃が脳に伝わり、シグルドは地面に倒れた。
意識は残っているものの、もう動くことができないらしく、指先をピクピクとさせてうめき声をこぼすだけだ。
「ぐ、ううう……この俺が、こんな無能に……」
「あなたという人は、まだそんなことを……!」
「……殺せ。てめえなんかに、情けを、かけられてたまるか……」
「……」
僕は無言で剣を振り上げた。
逆手に持ち変える。
そして、刃の切っ先の狙いを、シグルドの頭部に定める。
後は一気に叩きつけるだけ。
それで復讐を果たすことができる。
五年の恨みを晴らすことができる。
迷うことはない。
シグルドは、それだけのことをしてきた。
殺されたとしても、文句を言える立場じゃない。
彼はそのまま煉獄に落ちて、業火に魂を焼かれることになるだろう。
ザンッ!
僕は剣を振り落とした。
「……てめえ」
刃はシグルドを貫くことなく、彼の頬をかすめるようにして、地面に突き刺さる。
「なんで、殺さねえ……? てめえの情けなんか……」
「情けじゃないよ」
「なら……」
「ここでシグルドを殺したら、僕は、お前と同じレベルまで堕ちてしまう。気に入らないことは力で解決して、時に殺して、自分が絶対的に正しいと信じる暴君になってしまう。そんなことはイヤだから……だから、殺さない」
「……」
「僕は、シグルドみたいにはならない。僕は、僕だ。フェイト・スティア―トだ」
「クソ……生意気なガキだ……」
そこが限界だったらしく、シグルドはがくりとうなだれて、意識を手放した。
肉体的な力だけではなくて、心も彼に勝利した瞬間だ。
僕は今、完全に過去に決着をつけることができた。
「……終わったよ、ソフィア」
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