296話 領主の息子
アクアレイトの北には広大な森が広がり……
それを抜けたところには、山が連なっていた。
その麓に広がる街が、レノグレイドだ。
アリの巣のように鉱道が伸びていて……
そこからとれる色々な鉱石が主な産業だ。
それ故、鉱山都市とも呼ばれているらしい。
僕達が助けた人は、アルベルト・ヒルディス。
レノグレイドの領主の息子だった。
ちょっとした用事でアクアレイトに出かけていたらしいけど……
その帰り道、魔物に襲われてしまったらしい。
そこに僕達が通りかかり……という状況だ。
「おー」
護衛は無事に終わり、僕達は、そのまま屋敷に案内された。
広いだけじゃなくて綺麗な調度品が並ぶ屋敷内を見て、アイシャが目をキラキラさせた。
巫女とか姫様とか言われているけど、やっぱり子供。
こういうところは好きなんだろうな。
「どうぞ、こちらへ」
メイドさんに案内されて、客間へ。
「こちらでお待ちください。なにかあれば、遠慮なく申しつけください」
そう言って、メイドさんは部屋の端に待機した。
ちなみにアルベルトは、最初に、領主である父親に報告しなければいけないと、今はこの場にいない。
本当は僕達とすぐに話をしたいのだけど……と、言っていた。
その態度に嘘はないように見えて、彼の人柄が表れているみたいだ。
……だからこそ、余計にソフィアの手の甲にキスをしたのがもやっとする。
「どうしたのですか、フェイト」
「え?」
「なにやら怒っているみたいですけど……」
「そ、そんなことはないよ」
感情が表に出ないように、表情はきちんとコントロールしていたはずだ。
でも、そんな僕を見てソフィアが優しく笑う。
「確かに、いつもと変わらない顔ですけど……でも、私にはわかります。どれだけ隠そうとしていても、フェイトの心はわかりますよ」
「……ソフィア……」
「どうしたんですか?」
優しい声で言われると、隠し続けることはできなかった。
「その……さっき、手の甲にキスをされたよね?」
「あ」
「それで、えっと……なんていうか、こう……もやもや、っと」
「……っ!」
ソフィアは、なぜかぷるぷると震えて、
「あーもうっ、フェイトはかわいいですね!!!」
「うわ!?」
思い切り抱きしめられてしまう。
「嫉妬ですか!? 嫉妬ですね!? もう、そんなことをするなんて、フェイトったら。そんなフェイトもたまらなくかわいくて、抱きしめてしまいたくなります」
「もう抱きしめているよ……」
「かわいすぎるフェイトが悪いんですよ?」
僕のせいなの……?
「でも……安心してください」
ソフィアの力が緩んで、さきほどまでと同じような穏やかな声で言う。
「私の心の中にいるのは、フェイトだけですよ。好きというカテゴリーなら、たくさんの人がいますけど……異性として愛しているのは、フェイトだけです。この部屋は、あなただけのものです」
「そ、ソフィア……」
「だから、大丈夫です」
「……うん」
嬉しくて。
温かい気持ちになって。
反射的にソフィアに手を伸ばして……
「あんたら、領主の屋敷でまでイチャつくとか、すごい根性ね」
「「っ!?」」
リコリスの言葉で我に返り、僕とソフィアは同時にびくんと震えて、離れた。
あ、危なかった……
リコリスの言う通り、こんなところでこんなことをしたらダメだ。
「またせた」
絶好のタイミングなのか、それとも最悪のタイミングなのか。
扉が開いて、アルベルトさんが現れるのだった。
「こちらから招いておいて、待たせてしまうなんて申しわけない。なるべく早く用事を片付けたのだが……うん? 二人共、顔が赤いがどうかしたのかな?」
「「な、なんでも!!」」
そうやって、慌てて首を横に振る僕とソフィアだった。




