294話 旅にトラブルはつきもの
アクアレイトの北は広大な森林地帯だ。
開拓が進んでいるため、道は整備されているものの……
その全てを切り開くことは不可能だ。
この中を馬車で進むと、いざという時に身動きがとれない。
なので、歩きで森林地帯を抜けることにした。
「ねえねえ、なんで歩きなの? お嬢さま的妖精なあたしには、ちょっと過酷なんですけど」
「リコリスは飛んでいるよね?」
「あー、それ妖精差別な発言よ。飛ぶのだって疲れるんだから」
「疲れた時は、僕の頭の上に乗っかるといいよ」
「ふふん、そうさせてもらうわ」
なんで偉そうなんだろう?
「アイシャちゃんは大丈夫ですか? 疲れた時は、私がおんぶしてあげますからね」
「大丈夫、がんばる」
「うんうん、アイシャちゃんは偉いですね。すぐ人に頼ろうとする怠け者さんとは大違いです」
ちらりとリコリスを見て、ソフィアがニヤリと笑う。
「むっ。あたしが怠け者なんて心外ね」
「リコリス、とは言っていないのですが」
「どう見てもあたしのことでしょ! まったく……いいわよ、これくらい、ずっと飛んでてやろうじゃない!」
見事、挑発に乗せられたリコリスはがんばって飛び続けることに。
僕は、別に頭の上に乗っても構わなかったんだけど……
でも、そうか。
甘やかしてばかりだと、本人のためにならないよね。
「オンッ!」
ふと、スノウが吠えた。
ぐるるる、と低く唸る。
僕とソフィアは、アイシャとスノウ、それとリコリスを背中にかばい、それぞれ剣に手を伸ばす。
「魔物かな?」
「すぐ近くにはいないと思いますが、間違いないと思います」
神獣であるスノウがここまで敵意を見せるなんて、魔物以外にいないだろう。
そう判断した僕達は、警戒態勢に移行しつつ、ゆっくりと進む。
ほどなくして、剣戟の音が聞こえてきた。
「無理に攻撃をするな! 守備に専念しろ!」
「二人一組で当たれ!」
「くっ、動きが速い……!?」
これは……
音がする方に視線を走らせると、道の先に馬車が見えた。
馬が二頭使われている馬車で、豪華な装飾が施されている。
そんな馬車の周囲には、武装した兵士が六人。
それぞれ馬車を背中にかばい、魔物と戦っている。
どうやら、旅人が魔物に襲われているみたいだ。
「スノウは、あれに反応していたのかな?」
「みたいですね。馬車を襲っているのは……ファイアベア。なるほど、厄介な相手ですね」
ファイアベア。
名前の通り、熊型の魔物だ。
体は大きく、力が強いだけじゃなくて、動きも素早い。
さらに火を吐くという、とんでもない能力を持った魔物だ。
そんなファイアベアが、三頭、馬車を襲っている。
思わぬ強敵を相手に、護衛の兵士達は苦戦しているみたいだ。
「フェイト、アイシャちゃん達をお願いします」
「うん、了解」
頷くと同時、ソフィアが駆けた。
その動きは、まさに風のように。
一瞬で馬車の近くに駆け寄り……
「ふっ!」
駆け抜けると同時に剣を振る。
キィン!
刃の軌跡に沿って、ファイアベアの頭部に傷が入り……
そのまま胴体と分かたれた。
電光石火の一撃。
さすがソフィアだ。
「な、なんだお前は!?」
「いや、待て。その剣、その姿……」
「もしかして、剣聖ソフィア・アスカルト!?」
「助太刀します。あなた達は馬車をお願いします」
返事を待たず、ソフィアは再び駆けた。
真正面からファイアベアに突撃する。
普通の人なら無謀な行為と嘆くところだけど……
彼女の場合は違う。
不意を突くとか死角に回り込むとか、そういう搦手は必要ない。
それほどまでに実力差がある。
「ガァ!」
ファイアベアが豪腕を振り下ろした。
しかし、ソフィアは剣を一閃。
その腕を切り飛ばしてしまう。
さらに、返す刃でファイアベアの胴体を斬る。
刃は胴体を両断して、ファイアベアを物言わぬ躯にする。
最後の一匹は、敵わない相手と悟ったらしく逃げ出すが……
「すみませんが、人を襲った以上、逃がすわけにはいきません」
ソフィアはあっさりとファイアベアに追いついて、その首を跳ね飛ばした。
すごい。
わずか十秒足らずで全滅させてしまった。
「あ、ありがとう。助かったよ……」
「どういたしまして。それよりも、馬車の中の人は……」
「素晴らしい!!!」
馬車の扉が開いて、中から二十代くらいの男性が姿を見せた。
彼は感動した様子でソフィアの手を取り……
そっと、その手の甲にキスをする。




