274話 偽装工作
「……ここか」
黎明の同盟の工作員は、獣人の里の手前にやってきた。
幹部のレナが獣人の里の位置を特定。
先遣隊として工作員が派遣されることになったのだけど……
「これは……」
「ずいぶんと荒れているな」
確かに集落があった。
しかし人気はない。
それに草木も伸び放題だ。
倒木で道が塞がれている。
家屋に蔓が巻き付いている。
「この様子、放置されて数年は経っているな」
「これじゃあ手がかりなんて残っていないだろうし、探すだけ時間の無駄だな」
「そうだな、次へ行こう」
ここは放置された獣人の里。
残っている者はいないし、手がかりもない。
そう判断した工作員はろくに調べることなく、この地を後にした。
――――――――――
「……行ったかな?」
「……はい、行ったみたいです」
廃屋のような家の奥に潜んでいた僕達は、そっと外に出た。
誰もいない。
ソフィアが言うように、黎明の同盟の斥候はここをスルーして立ち去ったみたいだ。
斥候としてはお粗末だけど、それも仕方ないと思う。
リコリスのおかげで、獣人の里は樹海に飲み込まれているように見えたのだから。
「ふふーんっ、あたしのおかげね!」
「うん、そうだね。ありがとう、リコリス」
「えっ、いや……素直にそう言われると、ちょっと照れるんだけど……」
「ありがとうございます、リコリス」
「ありがとー」
「オンッ!」
「や、やめなさい、あんたら!?」
顔を赤くしたリコリスがあたふたと慌てた。
その様子がおかしくて、ついつい笑ってしまう。
「里を木々で覆い、廃墟のように見せかけてしまうなんて……とんでもないことを考えるのですね」
遅れてクローディアさんがやってきた。
「ごめんなさい、こんなことをして」
「謝る必要はありません。私達も賛成していますし、なにより、敵に見つかることはなかった。今は、そのことが一番大事です」
リコリスは妖精なので、普通の魔法だけじゃなくて、木々の成長を促すというような特殊な魔法を使うことができる。
それを利用して、里全体を植物で覆ってもらった。
そうすれば廃墟に見えるし、それに、成長した植物の隙間に身を隠すことができる。
そうやって、斥候の目を欺いた……というわけだ。
「よし。これで時間を稼ぐことができたね」
完全に欺いた、っていうことはないと思う。
ほどなくしたら再び斥候が派遣されるはず。
でも、三日は稼ぐことができただろう。
その間に結界を展開して、この地を浄化することができれば……
うん。
ひとまず、僕達の勝ちだ。
「アイシャ、スノウ」
「なーに?」
「オフゥ?」
「ここを二人の力で守ってほしいんだ。僕達にはできなくて、アイシャとスノウにしかできないことなんだ」
「「……」」
二人は幼い。
でも、僕の言葉をしっかりと理解している様子で、真面目な顔で話を聞いていた。
「二人にしかできないことは、たぶん、大変なことだと思う。辛いかもしれない」
「「……」」
「でも、ここにいる人達を助けることができるのは二人だけなんだ。だから、がんばってほしい。どうかな? できるかな?」
アイシャは、決意を示すかのように小さな拳をぎゅっと握る。
「わたし、がんばるよ!」
「オンッ!」
続けて、スノウも高く鳴いた。
「ありがとう、二人共」
「えへへ」
「クゥーン」
アイシャとスノウの頭を撫でると、二人はくすぐったそうなうれしそうな、そんな顔をした。
ついでに、後ろの尻尾がぶんぶんと横に振られている。
「よし、がんばろう!」
「おー!」
「オンッ!!!」




